1107号 労働判例 「S大学事件」
              (東京高裁 平成28年9月12日 判決)
労災認定を受けた被災者に対して打切補償を行っての解雇が実際に有効とされた差戻し審の事例
労災被災者に対する打切補償を行っての解雇の適法性

 解 説
 〈事実の概要〉
 本件は、労災認定を受けて労災保険法に基づき療養補償給付および休業補償給付を受給していたた被災者X(被上告人)に対して、使用者(Y、上告人)が労基法81条に基づく打切補償を行った上で解雇したことが適法か否かが争われた事件の差戻し審である。最高裁判決自体(最2小判平成27年6月8日)は、すでに1063号(平成27・10・20号)で取り上げているので、それを参照してほしい。
 この事件は、業務上の疾病により休業し労災保険から療養補償給付および休業補償給付を受けていた被控訴人Xが、控訴人Yから所定の打切補償として平均賃金の1200日分相当の支払いを受けた上でYからなされた解雇について、解雇無効を主張して、Yに対して、労働契約上の権利を有することの確認を求めたものである。なお、最高裁は、労災保険法に基づき保険給付が行われる場合には、労基法において使用者の義務とされている災害補償が実質的に行われていると認められるとし、労災保険法に基づき療養補償給付を受ける労働者は、労基法81条にいう同法75条の規定によって補償を受ける労働者に含まれるとみるのが相当であり、したがって、労災保険法に基づき療養補償給付を受ける労働者が、療養開始後3年を経過しても疾病等が治らない場合において、当該労働者に対して、労基法81条による打切補償を支払って、同法19条1項ただし書きの適用により解雇制限を免れるのであり、原判決は破棄を免れないと結論づけた。そに上で、解雇の有効性に関する労働契約法16条該当性の有無についてさらに審理を尽くす必要性があるとして原審に差し戻していた。
 〈判決の要旨〉
 高等裁判所も、次のように述べて、解雇を有効としている。すなわち、労働者の労務提供の不能や労働能力または適格性の欠如はないし喪失は、労働契約法16条にいう解雇の客観的合理性に当たり、傷病やその治癒後の障害のための労働能力の喪失もこれに含まれる。一般に、労働者の労務提供の不能や労働能力の喪失が認められる場合には、解雇には客観的合理的な理由が認められ、特段の事情がない限り、社会通念上も相当と認められるというべきであり、業務上の疾病による労務不提供は、自己の責に帰すべき事由による債務不履行とはいえないことから、例外として解雇を制限するが、その場合であっても、労基法81条の要件を満たし、同条による打切補償がされたときは、解雇までの間において、業務上の疾病の回復のための配慮を全く欠いていたというような特段の事情がない限り、当該解雇は社会通念上も相当と認められるものと解するのが相当である。
 Yに、解雇までの間に業務上の疾病の回復のための配慮を全く欠いていたというような特段の事情はなく、したがって、本件解雇が社会通念上相当性を欠くものということはない。一般に、労基法の定める打切補償がされた上で解雇がされた場合であっても、それが全体として同制度の濫用に当たると評価されるときは解雇の効力が認められない余地はあると解されるが、本件がそのような事案であると評価することはできない、と。
 労基法の定める打切補償がされた上での解雇について、労働契約法16条該当性の有を検討した事例として興味深い。

BACK