998号 労働判例 「日本ヒューレット・パッカード事件」
              (最高裁第2小法廷 平成24年4月27日 判決)
精神的不調が疑われる従業員の無断欠勤を理由とする懲戒処分(諭旨退職処分)が無効とされた事例
精神的不調に起因する無断欠勤と懲戒処分
 〈事実の概要〉
 本件は、精神的不調(メンタル不調、精神障害)が疑われる従業員の無断欠勤を理由とする懲戒処分(諭旨退職処分)の適法性が争われたものである。X(原告・控訴人・被上告人)は、電子計算機等およびそれらのソフトウエアの研究開発、製造を目的とする会社Y(被告・被控訴人・上告人)に、平成12年10月1日に雇用され、システムエンジニアとして勤務していたが、平成20年4月上旬以降、Yに対して職場で嫌がらせを受けていること、会社内部の情報が漏洩していること等を申告し、その調査を依頼した(そのような被害事実は、裁判所によっても認定されていない)。Xは、同月8日以降、人事上の上司に当たるAマネージャーに連絡した後、本件の被害事実を調査するため有給休暇を取得した。本件は、人事統括本部労務担当のB部長に引き継がれ、調査を行うことが確認された。有給休暇の取得後、Xから、特例の休職を認めるように複数回にわたりAおよびBに依頼がなされたが、Bは、本件被害事実はないとの結論に達しその旨、Xに回答した。また、Aは、特例の休暇や欠勤を認めることはできないため出社するようにXにメールを送付したが、Xからは問題が解決しない限り出社する意思はあに旨の返信がなされた。その後、賞罰委員会が開催され、Xの無断欠勤について懲戒処分(諭旨退職処分)が相当とされ、Xに通告された。Yは、Xに退職届けへの署名を求めたが、Xはこれを拒否した。 1審(東京地判)が、欠勤を継続したことは、就業規則所定の「正当な理由なしに無断欠勤引き続き14日以上に及ぶとき」に該当するとして、欠勤を続けたことは単なる労務の不提供にとどまらず、職場放棄に陥っており、債務不履行の態様として悪質である等とし、諭旨退職処分は社会的に相当としたが、控訴審(東京高裁)は、@Xが申告した本件被害事実を認めるに足りる証拠はないが、Xの被害事実の内容や欠勤を継続した状況を考慮すれば、Yは、Xの欠勤はXの被害妄想など何らかの精神的不調に基づくものではないかとの疑いを抱くことができた、AXの欠勤について精神的不調が疑われるのであれば、精神的な不調を回復するまでの休職うを促すことができたし、また、Xが欠勤を長期間継続すれば無断欠勤として懲戒処分の対象となることなどの不利益をXに告知するなどの対応をYがしておれば、Xが欠勤を継続することはなかったと考えられる、Bそうすると、Yが本件処分の理由としている懲戒事由(無断欠勤、欠勤を正当化する事由がない)を認めることはできず、本件懲戒処分は無効であるとして、Xの請求を認めた。
 本件は、その上告審である。
 〈判決の要旨〉
 最高裁は、次のように判示する。精神的な不調のために欠勤を続けている労働者に対しては、使用者であるYは、精神科医による健康診断を実施するなどした上で、その診断結果等に応じて、必要な場合には治療を勧めた上で、休職等の処分を検討し、その後の経過を見るなどの対応を採るべきであり、このような対応を採ることなく、Xの出勤しない理由が、存在しない事実に基づくものであることから直ちにその欠勤を正当な理由のない無断欠勤に当たるものであるとして諭旨退職の懲戒処分の措置を採ることは適切な対応とはいえない、本件懲戒処分は無効であると。
 現在、精神的な不調(メンタル面での不調)のために欠勤を続けるケースは少なくないが、少なくとも就業規則の無断欠勤として諭旨退職の懲戒処分を行うことは適切ではないということであり、会社には慎重な対応が求められるということである。

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