991号 労働判例 「日本アイ・ビー・エム事件」
              (東京地裁 平成23年12月28日 判決)
会社が従業員に行った退職勧奨が違法ではないとされた事例
退職勧奨の違法性とその判断基準

 〈事実の概要〉
 本件は、情報システムに係わる製品、サービスの提供等を業とするY会社(被告)が、Xら従業員4名(原告)に対して行った退職勧奨が違法な退職強要であり、Xらがそれによって精神的苦痛をこうむったとして損害賠償を求めたものである。
 Y会社では、平成4年以降、継続的に任意退職者を募るプログラムを実施してきたが、平成20年においても、企業業績が芳しくなかったこともあり、大規模な任意退職者募集のための特別支援プログラム(RAプログラム)を立案した。その内容は、所定の退職金に加えて、月額給与額の最大15か月分を支給すること、自ら選択した再就職支援会社から再就職支援を受けるというものであった。その対象は、正社員については、業績の低い従業員、とくにボトム15%として特定された社員のうち、IBMグループ外にキャリアを探してほしい社員を基本としていた。
 〈判決の要旨〉
 裁判所は、次のように判示する。退職勧奨は、勧奨対象となった労働者の自発的な退職意思の形成を働きかけるための説得活動であるが、これに応じるか否かは対象とされた労働者の自由な意思に委ねられるものであるから、使用者は、退職勧奨に際して、当該労働条件に対してする説得活動について、そのための手段・方法が社会通念上相当と認められる範囲を逸脱しない限り、使用者による正当な業務行為としてこれを行うことができると解するのが相当であり、労働者の自発的な退職意思を形成する本来の目的のために社会通念上相当と認められる限度を超えて、当該労働者に対して不当な心理的圧力を加えたり、またはその名誉感情を不当に害するような言辞を用いたりすることによって、その自由な退職意思の形成を妨げるような退職勧奨行為は、その限度を超えた違法なものとして不法行為を構成する、と。
 業績不振の社員が退職勧奨に対して消極的な意思表示をした場合でも、当該社員による退職勧奨拒否が真摯な検討に基づいてなされたのかどうか、(Y社のかなり充実した)退職支援が有効な動機づけとならない理由はが何かを知ることは、Y社にとって重大な関心事であり、このことについて質問することを制約する合理的な根拠はない。また、Yは、退職勧奨の対象となった社員が、これに消極的な意思を表明した場合でも、直ちに退職勧奨のための説明ないし説得活動を終了しなければならないものではなく、Yに在職し続けた場合のメリット、退職した場合のメリットについて、さらに具体的かつ丁寧に説明または説得活動をし、また、真摯に検討してもらえたかどうかのやりとりや意見聴取をし、さらに再検討を求めたり、翻意を促す等の行為を行うことも、社会通念上相当と認められる範囲を逸脱しない限り、当然に許容されるものと解するのが相当であり、たとえ、その過程において、いわば会社の戦力外と告知された社員が衝撃を受けたり、不快感や苛立ち等を感じ、精神的に平静でいられないことがあったとしても、それをもって直ちに違法となるものではない、としている。
 しかし、他方で、当該社員が退職勧奨を拒否することを使用者に確実に認識させた以降は、退職勧奨行為は違法になるとしており、労働者の側で、退職勧奨拒否を使用者に確実に認識させる必要を認めている。いずれにしろ、退職勧奨とその拒否に関わる微妙な問題について従来の判例(下関商業高校事件・最1小判昭和55・7・10労判345号20頁等)よりも踏み込んだ判断をした事例と言えよう。

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