969号 労働判例 「メッセ事件」
              (東京地裁 平成22年11月10日 判決)
重要な経歴に詐称があったとしてなされた懲戒解雇が有効とされた事例
経歴詐称と懲戒解雇
 〈事実の概要〉
 X(原告)は、平成20年5月11日、労働者派遣事業を行うY社との間で、雇用期間1年、月給20万円で雇用契約を締結した(当時70歳)。その際、Yは、アメリカで経営コンサルタントをやっていたとの略歴書を信用してXの採用を決めたが、同時期、Xは、名誉棄損罪で控訴提起され、同罪で懲役2年6か月の言渡を受け、控訴も棄却され、服役していた。
 当時のYの代表取締役Y1は、本件契約締結後、Xが、会議において他の従業員に強い調子で意見を述べた歳に、その発言内容に理解しがたいところがあったことなどから、Xが従前コンサルタントをしていたとの経歴に疑問を感じるようになり、インターネットでXの氏名を検索したところ、食品菓子販売大手のA社の役員を中傷するファックスを流したため、平成16年6月、自称経営コンサルタントXを容疑者を逮捕したなどと記載された記事を発見した。Y1は、Xに対して、本件記事の人物がX本人であるかどうかを確認したところ、これを認め謝罪するとともに、自身は無罪であると主張した。Y1は、Xの経歴詐称は、本件雇用契約締結の動機づけを覆すものであるから、Xを解雇しようと考えたが、できればXが円満に退職することを望み、30万円を一括して支払うことを条件にXに対して退職勧奨をしたが、Xは、退職条件について記載した書面の交付を求め続けたため、Yは、平成19年10月から20年1月まで実刑を受け服役していたにもかかわらず経営コンサルタントをしていたと称したこと、賞罰なしと記載したなど、虚偽の履歴書を提出していたことを理由に、就業規則の懲戒事由に該当するとしてXを懲戒解雇した。これに対してXは、本件懲戒解雇は無効であると主張して争った。
 本件での争点は、@懲戒事由を記載した就業規則の周知の有無、A懲戒解雇事由の有無、B解雇権濫用の有無の3点である。
 〈判決の要旨〉
 裁判所は、@について、次のように判示する。「雇用関係は、労働力の給付を中核としながらも、労働者と使用者との相互の信頼関係に基礎を置く継続的な契約関係であるといえることからすると、使用者が、雇用契約の締結に先立ち、雇用しようとする労働者に対し、その労働力評価に直接関わる事項や、これに加え、企業秩序の維持に関係する事項について必要かつ合理的な範囲内で申告を求めた場合には、労働者は、信義則上、真実を告知すべき義務を負うものというべきである。したがって、労働者が前記義務に違反し、『重要な経歴をいつわり採用された場合』(本件就業規則21条7号)、当該労働者を懲戒解雇する旨定めた就業規則の規定は合理的であるといえる。」また、本件就業規則を、Y社は、実質的にみて事業場の労働者に対していつでも知り得る状態に置き、雇用契約締結当時も労働者に周知させており、就業規則で定める労働条件が本件雇用契約の内容になっていたとした(労働契約法7条参照)。また、Aの懲戒解雇事由の有無については次のように判示する。Y1は、前記虚偽の経歴を重視してXの労働力を評価し、本件雇用契約を締結したのであって、Xが前記のように2年6か月の実刑を受けて服役していたという真実をYに告知していた場合、Yは、企業秩序に対する影響等を考慮して、本件雇用契約を締結しなかったであろうと認められ、かつ客観的に見ても、そのように認めるのが相当であるとして、就業規則21条7号の懲戒解雇事由が認められると。さらに、Bについては、本件解雇は、Xの経歴詐称行為の性質および態様その他の事情からして、客観的合理的な理由があり、社会通念上相当なものと認められるから、解雇権濫用とは認められないとした。妥当な判決というべきであろう。

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