968号 労働判例 「国・神戸東労基署長(川崎重工業)事件」
              (神戸地裁 平成22年9月3日 判決)
会社の輸送システム部のグループ長のうつ病による自殺が業務上と認められた事例
グループ長のうつ病による自殺とその業務起因性

 解 説
〈事実の概要〉

 原告Xの夫Kは、昭和46年に大学院の工学研究科の修士課程を修了した後、訴外Z社に入社し、その後家庭の事情で自己都合退職したが、Z社の事業部長(後に専務)が、Kの優秀な実績を評価して呼び戻そうと働きかけ、その結果平成9年に部長待遇のグループ長(入社同期の中でもかなり上のランクの部長)として再入社した。
 Kは、平成10年から、新たに新設された産機プラント事業部輸送システム部の技術グループ(後の輸送システム部のグループ)のグループ長に就任したが、輸送システムグループは、発足以来受注案件がないという状況であった。こうした状況のなかで、400億円を超える規模の大型のプロジェクトである韓国案件の受注が大きな課題となり、輸送システムグループもその受注に向けた取組を行っていたが、この韓国案件も結局、破談となった。Kは、平成12年12月にグループ長として韓国に出張していたが、帰国後異変に気がついた上司から紹介されたK医院のK医師の診断によりうつ病の診断を受けた。しかし、その後は、以前より早めに帰宅し、また韓国出張を控えるなど無理がないようにしていたが、症状が少し良くなると帰りが遅くなるという状態であった。このように、Kは、業務を続けながら治療を行ってきたが、平成14年5月9日、自宅のクローゼット内で首吊り自殺をした。
 本件は、Kの妻のXが、遺族補償給付の不支給処分を受けたことから、その取消を求めたものである。
 〈判決の要旨〉
 裁判所は、業務による心理的負荷が、社会通念上、精神障害を発症させる程度に過重であるであるといえる場合に、当該災害の発生が業務に内在ないし通常随伴する危険が現実化したことによるものとして業務起因性を肯定することができるとしたうえで、亡Kと職種、職場における立場、経験等の点で同種の者であって、特段の勤務軽減まで必要とせずに通常業務を遂行することができる者(平均的労働者)を基準として業務に内在する危険の判断を行うべきであるとした。そして、厚生労働省の通達(判断指針、改正判断指針)も、精神障害の発症後、自殺に至るまでの間における業務による心理的負荷を考慮していないとして、たとえば「業務上の負荷によりうつ病等の精神障害を発症した者が、まだ完全に行為選択能力や自殺を思いとどまる抑制力を失っていない状態において、・・・うつ病を発症する程度の心理的負荷を受けた結果、希死念慮を生じ、自殺を行う場合」、相当因果関係を認めるのが合理的であるとしている。
 そして、亡Kとして、受注が取れないにもかかわらず、業務量だけが増えていく状況であり、亡Kが受けたストレスは相当強度のものであったと評価できるとし、亡Kの立場に置かれた平均的な労働者を基準とすれば、平成12年7月に亡Kが韓国案件を担当するようになったことの心理的負荷の強度としては「V」に修正されるものと評価できるとしている。また、亡Kがうつ病発症後に受けていた心理的負荷も、相当な程度のものであり、それはすでに罹患していたうつ病を悪化させる可能性があったといえ、逆に軽減させるものではなかったとした。その一方で、亡Kには業務以外の心理的負荷要因や精神障害の既往症、うつ病の発症につながる固体側の要因は存在しないとして、亡Kのうつ病の発症は同人の業務に起因するものであった、亡Kの自殺は、うつ病発症から1年5か月が経過しているが、本件においてうつ病による希死念慮の他に亡Kに自殺をするような要因・動機を認めることができないから、亡Kの自殺は、同人が従事した業務に内在する危険が現実化したものとして業務起因性が認められると結論づけた。
 本件は、うつ病等の精神障害を発症した後における出来事の心理的負荷をも考慮したうえで、業務による心理的負荷が、社会通念上、精神障害を発症させる程度に過重であったかどうかを判断している点に大きな特徴がある。

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