959号 労働判例 「国・豊橋労基署長(マツヤデンキ)事件」
              (名古屋高裁 平成22年4月16日 判決)
身体障害者枠採用の労働者の致死性不整脈・心停止による死亡が業務起因性ありとされた事例
身体障害者枠採用の労働者の業務起因性判断

 解 説
〈事実の概要〉

 本件は、身障者(身体障害等級3級)枠で大手家電量販会社に採用され、その豊川店で販売員として勤務していたKが、採用から1か月半後の12月24日午後11時30分頃に、慢性心不全を基礎疾患とする致死性不整脈・心停止を発症して死亡(本件災害)したことにつき、遺族(妻)Xがその死亡を業務に起因するものであるとして遺族補償年金等の不支給処分の取消しを求めていた事案である。
 Kは、18歳から会社に勤めていたが、34歳になった平成9年4月末頃、体調不良で受診したところ甲状腺クリーゼ、心不全、バセドウ病、播種性血管内凝固症候群との診断を受け入院し、同年11月、心房細動により家庭内での日常生活活動が著しく制限される心臓機能障害(身体障害等級3級)を有するとして、愛知県から身体障害者手帳の交付を受けて退院した。その翌年、障害者職業能力開発校に入学し、平成11年3月に同校を卒業し、同年4月、Xと結婚した。その後、Kは、平成12年11月10日、身体障害者枠で大手家電量販会社に採用され、その豊川店で販売員として勤務していた。豊川店でのKの業務は、同年12月中旬までは2階のゲーム機売場での接客販売業務、同月24日までは3階のパソコン売場における接客販売業務であった。12月に入ってからは、クリスマス・年末商戦に向けて繁忙になっていた。Kの労働時間は、午前10時始業、午後7時終業、休憩時間60分の8時間勤務であったが、本件災害前1か月間に、1日30分から2時間半の時間外労働をしていた。Kは、自宅から豊川店まで約30分かけて車で通勤していた(なお、12月13日に引越をしているが、通勤時間はほぼ同じであった)。
 Xの請求につき、原審(名古屋地判平成20・3・26)は、Kが本件災害前の12日・13日に引越を行い、その転居手続き等のために市役所の出張所に行き、買物などを行っているが、特に疲れが残っている様子はなく、12月13日午前の受診時の状況からは慢性心不全増悪の兆候はなく、経過は良好だったのであり、結局、Kの業務は過重なものではなかった、本件事業主における業務によってその自然の経過を超えて増悪したと認めることはできない等として業務起因性なしとして請求を棄却していた。
 〈判決の要旨〉
 裁判所は、業務起因性の判断は、災害が業務に内在または随伴する危険が現実化したものと考えられるか否かによるとした上で、その判断基準としては、通常は平均的な労働者を基準とするのが自然であるが、本件のように身体障害者であることを前提として業務に従事させていたような場合でその障害とされている基礎疾患が悪化して災害が発生したと見られる場合には、業務起因性の判断基準は、当該労働者が基準となるというべきであるとする。そして、本件でKが行っていた立位による販売業務の労働強度は、Kの心不全の重症度(NYHAU)からみて、運動耐容能の基準を超えており、また継続的労働を前提とする耐容能は、8時間を上限とすると考えられることからすると、死亡前11日間(うち2日は休日)の時間外労働がそれ以前よりも増え、慢性心不全患者のKにとっては、かなりの過重労働であったと推認できるとしてKの業務の過重性を認め、時間外労働が増えるまでは特に慢性心不全の悪化はみられなかったことから、Kの致死性不整脈・心停止を発症しての死亡は、上記過重業務による疲労ないしストレスの蓄積からその自然の経過を超えて発生したものであるとして業務起因性を肯定した。
 いずれにしても境界線上の微妙なケースであるが、本来時間外労働をさせるべきでなかったKに対してかなりの時間外労働をさせていたことが業務起因性肯定の大きな要因となったと思われる。

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