957号 労働判例 「バイエル薬品・ランクセス事件」
(東京高裁 平成21年10月28日 判決)
税制適格年金を廃止して退職年金を一時金の支払いに換えることが適法とされた事例
税制適格年金の廃止と一時金の支払いの可否
解 説
〈事実の概要〉
B社は、就業規則により、一時金または年金による退職金制度を定め、これを税制適格年金として運用してきたが、同社を退職したCは、B社との間で、終身退職年金を受給する権利を取得した。その後、B社を承継したR社は、Cに対する終身退職年金支給義務も承継したが、税制適格年金制度を廃止するとともに、退職年金を一時金の支払いに換えることを決定した。これに対して、Cが、退職年金を一時金の支払いに換えることはできないとして、R社およびB社の訴訟承継人との間で、R社等が終身、Cに対して退職年金支給義務を負うことの確認を求めたのが本件である。第1審が、Cの請求を認めたため、R社およびB社の訴訟承継人が控訴していた。
〈判決の要旨〉
裁判所は、秋北バス事件大法廷判決・昭和43・12・25(民集22巻13号3459頁)を踏まえて次のように判示する。すなわち、本件年金規約は退職手当について定めるもので就業規則の一部をなすものであるが、改廃条項があり、その改廃条項は、「一辺経済情勢の変化、会社経理内容の変化または社会保障制度の改正等を慎重に考慮のうえ、必要と認めるときは」と改廃の事由を限定していることにかんがみると合理性がある(周知性を欠いていたとの証拠はない)、したがって、本件年金規約は改廃条項を含めてC(退職労働者)とB社との雇用契約の内容になっていた。Cのようにすでに退職している者についてみると、年金支払いの対価部分(労働力の提供)はすでに履行済みであり、退職金にかかる制度が不利益に変更されても、他の労働条件が改善されるというメッリトはなく、通常変更は受給者に一方的に不利益なものであるからそこでいう必要性の要件は、厳密に判断される必要があるというべきであり、B社の地位を承継したR社側の本件年金制度を廃止する必要性の程度と、その代償として採られた一時金支給の相当性の程度とを総合して判断していくべきものであるが、R社において、会社の利益の中から年金受給者一人あたり年間約80万円(受給者51人で年間4000万円以上になる)の支出は、厳しい経済情勢や激化する国際競争にさらされている会社の経営状況に照らして、年金費用が将来的に経営圧迫要因になることが危惧され、経済的に余力があるうちに年金受給者等に追加金を加えた年金一時金を支給し、本件年金制度を清算することが相当であると判断したもので、そのような対応をしないと直ちにR社の経営が著しく悪化し、経営危機に陥るというような高度の必要性まではなかったといえるが、相応の必要性、合理性は十分あった。本件年金制度を廃止しして一時金に変更することに反対したのは、Cと他一名のみで51人中49人は変更に同意した。本件年金制度廃止の代償措置として採られた一時金支給について、その支給額を、Cが受給する年金総額を今後の生存の確率に基づき、年1・5%の運用利回りで現在価額に割戻した額で算定した点も、受給者に有利に算定されているもので、代償措置として相当なものである。以上のように述べて、Cの請求を認めていた原判決を取り消している。
税制適格年金は、平成24年3月末で廃止されることになっている折から、年金規約中の改廃条項につき、その援用必要性の要件は厳密に判断する必要はあるとしながらも、原審とは異なり、経営危機に陥るというような高度の必要性までは要求せず、経済情勢の悪化、国際競争の悪化といった状況の変化を重視して本件年金制度廃止を有効と判断して代償措置としての一時金支給を適法とした点が注目される。なお、同様のケースとして、丸井グループ事件(東京地判平成20・9・10判タ1283号125頁)は、税制適格年金制度の廃止に関するものである。本件の税制適格年金制度は、従業員の退職後の生活の安定に寄与することを目的として設立された制度で、本人の選択により退職金の一部を、100%、75%、50%、25%の中から任意に選んで年金で受け取ることができることになっていたが、その廃止に当たって、年金受給権者が、制度廃止後受給すべき年金の原価額を限度として、その割合に比例した信託財産の分配を受ける旨の規定に基づいて年金の原価額の支払いを受けた場合、制度廃止は適法であるとし、また、年金の原価額の算定方法についての具体的な定めがない場合、右規定は、社会通念上合理的な原価率で算出することを当然の前提とした規定であると解するのが相当であるとしている。
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