918号 「奈良県産婦人科医事件」
(奈良地裁 平成21年4月22日 判決)
県立病院の産婦人科医の宿日直勤務が断続的労働に当たらないとされ、
自宅等における宅直勤務は労働時間ではないとされた事例
産婦人科医の宿日直勤務・宅直勤務の労働時間性
解 説
〈事実の概要〉
本件は、県(被告)の設置する県立病院Xの産婦人科に勤務する医師であるAB(原告ら)が宿日直勤務および宅直勤務は時間外・休日勤務であるにもかかわらず、割増賃金が支払われていないとして割増賃金等の請求を行ったものである。県立病院Xは、1次、2次、3次救急のすべてを取り扱う総合病院であり、産婦人科医が複数人在籍し、奈良県全域および京都府南部からも救急患者が運ばれてくる病院であった。また、奈良県の人事委員会は、医師の当直勤務を断続的勤務と捉える旨の許可を出していた。
原告らの正規の勤務時間(所定労働時間)は、月曜日から金曜日までの各午前8時30分から午後5時15分(1時間休憩)であるが、病院は、原告らに対して、本来の勤務以外に交代で宿日直勤務を命じ、原告らはこれに従事していた。その勤務時間は、宿直が平日休日を問わず、午後5時15分から翌朝8時30分まで、日直が休日(土曜日、日曜日、祝日)の午前8時30分から午後5時15分までとなっていた。宿直の場合、医師は入院患者および救急患者に対する診療に当たるために病院で宿泊することになっていた。そして原告ら産婦人科の医師は、宿日直勤務時間中、24%の時間につき、分娩への対応、中には帝王切開の実施を含む異常分娩への対応等通常勤務(本来業務)に従事していた。また、原告らを含むX病院の産婦人科の医師は、上記の宿日直勤務以外に、自主的に「宅直」当番を定め、宿日直勤務の医師だけで対応が困難な場合に、宅直当番に当たっていた医師が病院に来て宿日直勤務に従事していた医師に協力して診療に当たっていた。なお、原告らは、給料のほかに、超過勤務手当、宿日直手当、休日勤務手当を受けていた。
〈判決の要旨〉
請求一部認容。判旨は、原告らが地方公務員であって勤務条件条令主義の適用を受けるとしても、それは労基法37条、41条で定める基準以上のものでなければならないとした上で、次のように判示する。監視・断続的労働に従事する者で、使用者が労基署長の許可を受けた者は、労基法の時間規制・割増賃金規制の適用除外を受ける(労基法41条3号)が、ここにいう「断続的労働」に該当する宿日直勤務とは、正規の勤務時間外または休日における勤務の一態様であり、本来業務を処理するためのものではなく、構内巡視、文書・電話の収受または非常事態に備えて待機するもの等であって、常態としてほとんど労働する必要がない勤務をいう(平成14年3月19日基発0319007号)。しかし、その実情は、原告らの宿日直勤務を断続的な勤務として捉えることはできない。奈良県の人事委員会の許可も、上記の労基署長の許可基準と区別する理由はなく、その許可基準基準を満たすものに対して行われなければならないから、奈良県の人事委員会の許可を受けていたから労基法41条3号に反しないということはできない。原告らは、宿日直勤務の開始から終了までの間、医師としてその役務の提供が義務づけられており、X病院の指揮命令下にあったのであり、その時間について使用者は、割増賃金の支払義務がある(すでに払われた宿日直手当、休日勤務手当は割増賃金の支払義務ありとされた額から控除される)。
「宅直」勤務は、X病院の産婦人科医が自主的に定めていた制度であるが、宅直勤務が割増賃金の請求できる労基法の労働時間といえるかどうかは、それが使用者の指揮命令下にあったかどうかで判断されるとした上で、宅直勤務は、X病院の産婦人科医の間での自主的な取り決めにすぎず、X病院の内規にも定めはなく、宅直当番はX病院に届け出ておらず、宿日直の医師が宅直当番の医師に連絡をとり応援要請をしているものであって、X病院がこれを命じていたとはいえない。また、宅直の医師は自宅にいることが多く、待機場所が定められているわけでもない。このような事実関係の下では、宅直の勤務時間が使用者の指揮命令下にあったとはいえず、この時間を割増賃金の請求できる労働時間とはいえない、と。
これまで労基署長の許可というチェックが働かなかった県立病院の産婦人科医の宿日直勤務について妥当な判断を示したものといえる。
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