908号 労働判例 「信濃輸送事件」
(長野地裁 平成19年12月4日 判決)
トラック運転手の腰痛の発症について、使用者に安全配慮義務があるとされた事例
トラック運転手の腰痛と使用者の安全配慮義務
解 説
〈事実の概要〉
本件は、トラック運転手として荷物の運送、積み卸し等の業務に従事していた労働者が腰痛の発症について、使用者に安全配慮義務違反があるとして損害賠償を請求したものである。
Xは、平成9年9月、自動車運送事業等を業とするY社に入社し、トラック運転の業務に従事してきたが、平成11年7月19日、荷物の荷降し作業中に腰に激痛を感じたため、7月22日からN病院等に通院・入院等の治療を受けたが、腰椎間板ヘルニア、腰部脊柱管狭窄の障害が残り、労災等級9級7の2の労災認定を受け障害補償給付等を支給されたが、Xが腰椎間板ヘルニア、腰部脊柱管狭窄の傷害を負ったのはYがXに課した労働が過重であったことに原因がある等として安全配慮義務違反を理由に総額4037万円余の損害賠償を請求した。これに対して、Yは、Xが運転するトラックの積載重量は平均3ないし4トン程度であり、その荷積み、荷卸しが過重であったとはいえない、健康診断も年2回実施していたので安全配慮義務違反はないなどと主張した。
〈判決の要旨〉
本判決は、次のように述べる。「XがY社において従事していたトラック運転と荷積み・荷卸しの労働は腰に負担がかかり、その程度が重ければ、椎間板ヘルニア、腰部脊柱管狭窄等の腰部の障害を生じさせる可能性のあることは明らかである。したがって、Y社としては、雇用契約上の安全配慮義務として、Xの従事する労働の原因として腰部に障害を生じさせないようにする注意義務を負っていたといえる」。そして、平成6年9月6日付きの「職場における腰痛予防対策の推進について」と題する通達は、職場における腰痛の予防を一層推進するための対策として、中災防の調査研究を踏まえて定められたものであり、また、労働大臣告示「自動車運転の労働時間等の改善のための基準」は、トラック運転者の労働条件の改善を目的として策定されたものであり、当然に事業者において遵守が求められるものである。もっとも、通達で定められた事項は多岐にわたり一般的抽象的なものや過分の手間・時間を要するものもあるし、労働大臣告示で定められた労働時間も一種の目安であるから、その違反が直ちに雇用契約上の安全配慮義務違反となるものではないが、「その趣旨、目的からいって、違反の程度が著しかったり多項目にわたったりするような場合には、雇用契約上の安全配慮義務違反となると考えられる。」そして、Xの労働は、一度に20キログラムの袋を約500袋、30キログラムの袋を約330袋、積み込んだりするなど常識的にいっても肉体的負担の大きなものであったが、@トラックへの荷積み・荷卸しの際に適切な補助具を導入することが腰痛予防のために人間工学的対策とされているが、Y社では台車すら導入せず、適切な対策がとられていなかった、A運行回数、1運行当たりの拘束時間、休息時間からみた労働実態は、上記の労働大臣告示で定められた基準を大きく逸脱している、として、平成11年7月19日の事故(腰部の激痛の発症)については、Xが平成9年9月23日に入社して以来継続してきた腰部疲労の蓄積とその進行、荷積み、荷卸しの際に補助具として台車すら導入しなかったこと、取っ手を付けるなどしてのもつの取扱いを容易にしなかったこと、作業姿勢や動作について腰痛防止に必要な指導・注意をしなかったことなどY社の日頃の安全配慮義務違反と、十分な休息時間を確保せず、荷物の取扱いを容易にせず、動作・姿勢について注意しなかったY社の当日の安全配慮義務違反によって発生したと判断している。そして、Xが労災保険給付として受けた額を控除して(特別支給金は控除の対象から除外)、Xの主張額とほぼ等しい3971万円余を認定している。通達、労働大臣告示の法的な拘束力を認めたものではないが、安全配慮義務違反の成否を判断する際の重要な要素とした点、長期間にわたる腰部の疲労蓄積を障害発症の原因として認めた点など興味深い判断が示されているが、その一方で、腰痛というきわめて通常的に誰にでも起こり得る疾病についての高額な賠償を認定するものだけに実務上も重要な判決であると思われる。
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