904号 労働判例 「PSD事件」
             (東京地裁 平成20年3月28日 判決)
退職金からの会社の損害金相当額の控除・減額が違法とされた事例
退職金からの会社の損害金相当額の減額の当否

  解 説
 〈事実の概要〉
 本件は、自己都合で退職した者の退職金の請求に関して、その根拠になる退職金規定の存否が問題とされ、さらに、退職金からの会社の損害金相当額を考慮した控除・減額の当否が争われた事例である。
 X1ーX4(原告ら)は、コンピュータシステムの設計・開発等を業とするY社(被告)の従業員であったが、いずれも平成18年7月31日付けでY社を自己都合で退職した。Xらは、Y社に退職金を請求したが、その退職金に未払い分があるとしてその支払いを求めた。Xらは主位的請求として、退職金規程1(以下では「規程1」)に基づく退職金を請求し、予備的に退職金規程2(以下では「規程2」)に基づく退職金を請求した(Xらにとって「規程2」よりも「規程1」が有利である)。Xらは、「規程1」がXらが退職する前の平成18年4月1日に実施された「規程2」により変更されたとしても、これは退職金規程の不利益変更であり、Xらはこれに同意していないのであり、「規程1」を適用すべきであると主張した。これに対して、Y社は、Y社では「退職金規程1」を作成したことはないとしてその存在を否定し、Xらに適用すべき退職金規程は「規程2」であると主張し、さらに、Xらが属していた技術部門のスタッフが施した作業の初歩的なミスが原因でコンピュータウイルスに感染するという事故が発生し、顧客に賠償金(142万円余)を支払わなければならなかったが、その賠償金を技術部門のスタッフ6人で除した額(23万7250円)を退職金から減額することにしたと主張した。
 〈判決の要旨〉
 裁判所は、まず、Xらに適用されるべき退職金規程について、次のように判示する。Xらが、Aから「規程1」を入手したという平成18年2月ころに「規程1」がY社の管理本部室に保管されていたことは否定できないが、その一方で、平成9年4月ころ、退職金規程3(「規程3」)が作成され、平成18年4月にその誤記等を修正した上で「規程2」が作成されたというYの主張を裏づける証拠もあり、「規程1」には付則で施行期日が定められていないなど形式に不自然な点もあり、Yが正規の退職金規程として本件「規程1」を作成していたと断定することは困難である。したがって、「規程2」は、「規程1」との関係で退職金規程の不利益変更であるということもできず、Xらの「規程1」に基づく主位的請求には根拠はない、と。
 次いで、Xらの未払い退職金の有無およびその額について次のように判示する。本件「規程2」第10条には、職中の成果や業績を考慮して減額する場合があることを規程しているから、同規程の支給基準により計算した金額から一定の減額をしてそれを退職金の額とすることは許される。またそれは、一旦、Xらの退職金額を決定した後でそこから顧客に対する賠償金の各自の負担額を控除したというものではないから、労基法24条1項本文の全額払いの原則に直接違反するものとはいえない。しかしながら、Xらの退職金減額の理由について、Xらの職中の成果や業績などの他の減額事由の主張はなく、まさしくYが支払った損害金をXら技術部門のスタッフに負担させるために、各自の負担額をそれぞれ減額したというもので、この損害金の支払いがなかったならば、本件でXらに支払われた退職金額は、「規程2」の定める支給基準率に基づいて計算された退職金の全額が支払われていたであろうとして、結局、Yには、裁量権を逸脱・濫用があるとした。なお、本件で問題となった労働者側の違法な行為により使用者に損害が発生した場合について、使用者は、労働者に損害賠償を求めることができるが、その額は、事業の性格・規模、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防もしくは損害の分散についての使用者の配慮の程度その他の事情を考慮して、信義則上限定されるという最高裁の判例があり(最1小判昭和51・7・8民集30巻7号689頁、このケースでは損害賠償額は4分の1に限定されている)、全額を労働者に分担させることができないことに留意する必要がある。

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