1203号 労働判例 「国・京都上労基署長(島津エンジニアリング)事件」
              (大阪高等裁判所 令和2年7月3日 判決)
契約社員であった者が正社員登用にかかる面談によってうつ病を発症したとして
その業務起因性が争われた事例
正社員登用にかかる面談とうつ病発症・休職の業務起因性

 解 説
 〈事実の概要〉
 本件は、S社(島津エンジニアリング)と1年の有期契約を締結し契約社員として勤務していたX(原告・女性、控訴人)が、正社員登用にかかる面談に関連してうつ病を発症したとしてその業務起因性の有無を争った事例である。
 S社では、平成23年1月に、契約社員を正社員へ登用する制度について定めたが、それによれば、雇用期間(継続)3年以上あるか、3年未満であっても当該部署長の推薦により会社が特に認める者であること、S会社認定資格を有する者あることなど4つの条件をすべて充足することとした。その上で、S社が登用希望者について資格を満たしていると判断した場合は、筆記試験、面接試験からなる登用試験を実施する旨定めている。Xは、平成23年1月に正社員への登用試験を受験した。その際には、部署長であるC課長から受験に必要な推薦を得た。しかし結果は不合格であった。S社は、平成24年、労働契約法18条が改正されたことを機に、契約社員の契約期間は5年を限度とする旨の契約社員就業規則の改正を行った。Xは、平成25年4月、S社の代表取締役であるA(以下「A社長」)との面談を行い、雇用期間の限度について尋ねた。その際にA社長は、正社員にならなければ5年が限度であること、正社員の登用試験のレベルを下げる等の発言を行った(社長面談@)。そしてXは、正社員登用試験の受験を決意し、「雇用期間は5年を限度とする」旨の有期労働契約書に署名・押印した。Xは、社長面談@を契機に、正社員登用試験のための認定資格を取得した。C課長は、Xについて、日頃、仕事の効率を考えていないことなどにおいて基本的改善を要する、XのスキルについてはXが得意とするライティング技術は他の課員と比べて特別優れているわけではないなどと評価していたが、S社が上司と部下とのコミュニケ−ションツ−ルとして部下に作成を義務づけていた行動育成計画書の所属長のコメント欄に肯定的評価を数多く記載していたため、職務上はC課長から積極的な評価を受けているものと考えていた。ところが、平成26年1月20日、C課長はXに対して、26年度の正社員登用試験受験の申請に必要な部署長の推薦をしないことを伝え、その理由として、Xの作業効率が良くないこと、正社員に登用するのであれば、特出した技術がある人が望ましいがXにはそれがないことを説明した。またC課長は、Xに対して、C課長が考えている今後の第*技術課運営の構想にXが現時点では入っていない旨告げた(「C面談」)。
 Xは、平成26年1月22日、A社長と面談したが、A社長は、課長推薦の内容が悪ければ受からない、C課長から消極的な意見が出れば合格は難しいなどと発言したため、Xは、合格を期待して準備してきたのに騙されたと思い、大いに落胆した(社長面談A)。Xは、この後、1月24日から同年3月19日まで休職し、同月20日に復職した。その間、Fクリニックを受診し、医師から「適応障害、うつ状態」との診断を受けた。本件の争点は、本件休職の原因となった本件疾病に業務起因性があるか否かである。原審(京都地裁)は、平成26年度の正社員登用試験の推薦を受けられなかったことが「解雇又は退職の強要」に該当するできごとがあったとは認められない等としてXの請求を棄却していた。
 〈判決の要旨〉
  裁判所は、次に述べるように原判決(京都地平成31・4・16)を取り消している。C面談および社長面談AはXの正社員登用試験の当年の受験を困難にするだけではなく、契約社員としての雇用継続も困難になることを予想させる出来事であり、認定基準・別表1の「非正規社員である自分の契約満了が迫った」という具体的出来事の類推事例として評価できる、と。本件の各出来事は、認定要件における「業務による強い心理的負荷」の原因であったと思われるが、上司と部下とのコミュニケ−ションについて考えさせる事例である。

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