1202号 労働判例 「国・大阪中央労基署長(讀賣テレビ放送)事件」
              (大阪地方裁判所 令和2年6月24日 判決)
事実上の直属の上司が精神疾患にかかり、そのフォロ−等による心理的負荷によって
適応障害を発症したとする者が疾病の業務起因性を争った事例
精神的不調者のフォロ−等による心理的負荷と適応障害発症の業務起因性

 解 説
 〈事実の概要〉

 本件は、業務推進部に所属していた事実上の直属の上司が精神疾患にかかり、その業務のほとんどを肩代わりしていた等による心理的負荷によって適応障害を発症したとする者が疾病の業務起因性を争ったものである。X(原告、女性)は、平成6年4月に讀賣テレビ放送に入社し、A1局に配属されテレビカメラマンとして勤務した後、17年6月頃からA2局B1開発グル−プに配属され、25年当時はB2センタ−内のB2業務推進部に所属し、同センタ−の予算・収支管理等の業務に従事していた。Xは、25年12月初め頃、胸部・背中の痛みを感じ、その後、易疲労性、気分の不安定、物忘れ等の症状が出現し、26年1月、神経科を受診したところ、ICD−10診断ガイドラインの「F43・2適応障害」と診断された(以下、「本件疾病」」)。
 Xは、本件疾病の療養のため同1月27日から同年6月20日までの間、休暇を取得し、同月23日から職場に復帰した。同年7月1日から本件会社のA3局A3業務部に異動した。Xは、平成27年5月に本件疾病の発症は業務に起因するものであるとして労災申請をしたが、Y(大阪中央労基署長)は、労災給付の不支給処分をした。これに対して、労災保険審査官・審査会の不服審査を経た後、労災給付の不支給処分の取消を求めたのが本件である。
 本件で、Xは、@Xと同時期にB2業務推進部に所属していた事実上の直属の上司が精神疾患にかかり決裁を除くD部長の業務のほとんどを肩代わりして、このようなメンタル不調者への対応・フォロ−によるXの心理的負荷はきわめて大きかった、AXの業務が業務移管問題などで労働密度が極めて過密になっていたこと、BXには業務以外の心理的負荷や発病の原因となる基礎疾患が確認されておらず、労働組合の書記長等を歴任してきたXはむしろ打たれ強い性格であったことなどを主張した。
 〈判決の要旨〉
 裁判所は、Xが@で主張した点について、本件会社の組織上ないし指揮命令系統上、D部長がXの直属の上司となったことはなく、D部長から業務を助けてほしいと言われた際にもXは断ったことあがあり、D部長がXの直属の上司ないし事実上の上司であったとは認められないとした。また、XがD部長の業務の代行をしていたことは認められないとした。たしかにD部長の体調が悪いときには、Xがフォロ−していたことは認められるが、そのフォロ−によってXの仕事内容・仕事量に大きな変化が生じたとはいえないと。
 業務起因性の判断枠組み、とくに精神障害発症の機序については、多くの判例と同様、「ストレス−脆弱性理論」をとり、また比較対象となる労働者としては「平均的労働者」(当該労働者と同年齢、経験を有する同種の労働者であって、日常業務を支障なく遂行することができる労働者)との比較を行っている。さらに行政の「認定基準」については、医学的専門的知見を踏まえて確定されたもので合理的なものであり、精神障害の業務起因性の有無については、認定基準の内容を参考にしつつ、個別具体的な事情を総合的に考慮して判断するとしている。
 なお、D部長が精神障害を発症していたことに関連して、精神障害を有する従業員の対応には相応の心理的負荷があるとしても、その対応は、様々であって、それをいじめやセキハラと同一視することはできない(D部長とXが対立するようなことはXも自認している)、とされている。結局、YTEへの業務移管問題における上司とのトラブルの心理的負荷の程度は「中」程度であり、D部長のフォロ−による心理的負荷および新たに追加された業務による心理的負荷のいずれも「弱」にとどまるのであり、よってXの業務による心理的負荷が客観的にみて本件疾病を発病させる程度に強いとはいえないとさた。
 本件では、精神障害を発症していたD部長がXの事実上の直属の上司であり、そのフォロ−による心理的負荷が大きいとのXの主張が否定された点が決定的であったといえる。

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