1194号 労働判例 「サン・サービス事件」
              (名古屋高等裁判所 令和2年2月27日 判決)
職務手当が支払われていたが、労働者が実際に行っていた勤務状況、
実際の労働時間等の事情から固定残業代とは認められなかった事例
固定残業代制と割増賃金

 解 説
 〈事実の概要〉

 ホテル、飲食店等を経営するY社(1審被告)に期間の 定めのない労働契約を締結し、Y社の経営するホテルの飲食店で調理師(料理長)として働いていたX(1審原告)が、雇用契約に基づき、@未払い残業代、A労基法114条に基づく付加金等を請求した事例である。XとY社との契約時、給与は、基本給20万円、職務手当13万円(深夜・残業手当とみなす)、食事手当1万円、通勤費1日625円(最高額1万5000円)という形で合意していた。Xが就労していた本件店舗は、ホテルに併設されたレストランで、ホテルの宿泊者のために料理を提供するほか、ランチタイム、デイナータイムには宿泊客以外の者に対しても食事を提供する経営形態であった。Y社において労働時間の把握はタイムカードで行っていたが、平成27年6月分についてXの休憩時間の刻印がなされているのは、勤務日26日に対して5日間のみであり、それ以降の同年7月から28年2月に至るまで途中休憩が記録されている日はない。なお、Xは、ホテルのフロント業務の一部や客の送迎をも行っていた。Xは、平成28年3月8日にY社を退職した。本件の争点は、Xの労働時間(タイムカード記載以外の休憩をとっていたか否か)、割増賃金の基礎となる賃金の算定方法(食事手当、通勤費、職務手当が含まれるか否か)、固定残業代の合意の有無等である。
 原審は、@タイムカード記載の休憩時間以外は労働時間であるとし、食事手当は割増賃金の基礎となる賃金に含まれるとしながら、他方、A通勤費については、労基法37条5項の「通勤手当」に当たるとし、割増賃金の基礎となる賃金に含まれないとした。また、B固定残業代については、基本賃金と明確に区別されて、職務手当13万円と記載されていることから、基礎となる賃金は計算でき、労基法37条所定の割増賃金との差額が明きらかとなり、同条には違反しないとした。これに対して、X・Yの双方が控訴していた。
 〈判決の要旨〉
 控訴審では、Xが、調理等に従事していない時間があったとしても、それは労働から完全に解放された休憩時間ではなく、手待ち時間とみるのが相当である等と述べて、@と同様の判断をしている。同様に、食事手当は「臨時に支払われる賃金」ではなく、割増賃金の基礎となる賃金に含まれるとしている。他方、A通勤費については、実際の通勤距離や通勤に要する実際の費用に応じて定められたものとはいえないから、労基法37条5項の「通勤手当」に当たらないとした。問題はBの固定残業代であるが、この点、判旨は、「雇用契約においてある手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされているか否かは、雇用契約に係る契約書等の記載内容のほか、具体的事案に応じ、使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容、労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断すべき」であるとして、日本ケミカル事件の最判平成30年7月19日を引証している。そして、Xは、毎月120時間を超える時間外労働をしており、本件職務手当は約80時間分の割増賃金に相当するにすぎないと判旨し、本件店舗を含む事業場で36協定が締結されていないことなどを考慮して、本件職務手当は割増賃金の基礎となる賃金から除外されないと結論づけた。付加金についても、370万円余を認めている。
 このように固定残業代で予定している残業時間と実際に労働者が行った労働時間の乖離が甚だしい場合、職務手当も残業時間との対価性を否定され、割増賃金の基礎となる賃金に含まれてしまうことになる。労務管理の点からも使用者として留意すべき点である。

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