1193号 労働判例 「池一菜果園ほか事件」
              (高知地方裁判所 令和2年2月28日 判決)
恒常的な長時間労働に従事し上司・経営者等から叱責を受けていた労働者(女性)が
精神障害を発症し自死したことにつき、相続人らが安全配慮義務違反を理由に損害賠償を求めた事例
長時間労働・叱責等による精神障害発病と自死と安全配慮義務

 解 説
 〈事実の概要〉

 本件は、減農薬・減化学肥料による農産物の生産・仕入・加工販売を行っていたY社(被告Y1)に雇用されていたK子が、長時間労働による心理的負荷がかかっている中で、Y社の代表取締役である共同被告Y2の娘であり、常務取締役であるY3(共同被告)によるひどい嫌がらせ・いじめによって、業務上強度の心理的負荷を受け、精神障害を発症し自死したとしてK子の相続人らがY社に対しては安全配慮義務違反を理由に、さらに、代表取締役のY2および常務取締役であるY3に対しては、会社法429条1項に基づいて損害賠償を求めたものである。「嫌がらせ・いじめ」というのは、平成22年*月の6日と8日のYらによる嫌がらせ・いじめ(以下では合わせて「*月の出来事」)をいうが、具体的には、Y3が平成22年*月の6日に、K子に対して有給休暇の取得(事前にY2に取得を告げて許可を得ていた)について強く批判し不満を述べたこと、また同月8日に感情的で厳しい口調で仕事の改善点を伝えたことをいう。K子は自死の際に「会社をうらんではいけません。今まで長い間お世話になったところだから。感謝しなさいね」等の書き置きを残していた。また、K子の死亡については、労基監督署長の労災認定がなされている。
 本件の基本的な争点は、@Yらの行為とK子の精神障害の発症と自死との相当因果関係の有無、AYらの安全配慮義務違反の有無、BY2およびY3の会社法429条1項の責任の有無であるが、裁判所は、上記@ーBの判断を行う前に労働時間等に関して次の事実認定を行っている。K子は、平成21年8月20日、退勤後、高知市内で、Y2、Y3らとともに取引先の接待に出席していたが、かかる接待は、Y1社の業務と関連性が認められ、その指揮命令下で行ったものといえ、少なくとも2時間程度は行われたものと認められ、2時間を加算するため、退勤時刻は午後6時と認定する。また、同年11月6日・7日、トマトジュース等の店頭販売のため大阪に出張しているが、労働者の出張は、使用者の業務命令に従って行うものであり、業務従事時間は、使用者の指揮命令に服する状態にあるから労働時間に算入すべきであるとして、7日については午後1時から午後5時まで、8日については午前10時から午後の終業時刻である午後5時までを労働時間に算入するのが相当である。また、K子の従事していた業務は、労基法41条1号の業務である等から同32条は適用されないとのYらの主張については、出荷場は、ハウスと離れた場所にあり、総務・経理・加工・出荷の4部署が設けられ、総務的な業務もジュースの加工も行われており、農業とは著しく労働の態様が異なるから、出荷部において勤務していたK子には同法41条1号の適用はない。また、その待遇も、基本給19万円余、管理職手当4万円で年収は311万円余であり、同法41条2号の管理監督者とは認められない。
 〈判決の要旨〉
 裁判所は、次のように認定している。誤信に基づくY3の言動は指導としての必要性を欠いており、客観的にみて極めて理不尽なものであり、明らかに指導の範疇を超えるものであった。そして、「*月の出来事」といういじめ・嫌がらせによって精神状態に非常に重大な影響を与えられ、本件書置きは遺書であると解されることからして、「重度のストレスを受けた結果、本件精神障害を発病した」と認めている。そして上記の出来事の約3か月前には月100時間を超える時間外労働があり、全体としてK子の受けていた心理的負荷の強度は「強」であるとして、@の相当因果関係はあるとした。AYらの安全配慮義務違反については、K子に長時間労働を行わせつつ不相当な指導を行い、安全配慮義務に違反下としている。Bについては、Y2、Y3が、Y社に対する善管注意義務としてY1社が安全配慮義務を遵守する体制を構築すべき義務を怠ったとして、Y2、Y3のいずれも会社法429条1項の責任を認めている。
 「*月の出来事」といういじめ・嫌がらせによる精神障害の発病と自死との間隔がきわめて短いのが本件の大きな特徴といえる。

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