1186号 労働判例 「三田労基署長事件」
              (東京地方裁判所 令和元年10月30日 判決)
ITサービスを展開しているZ1に入社し公報活動等を行っていたAがうつ病を患い、
自殺したことにつき亡Aの妻Xが労災保険給付の不支給処分の取消を求めていた事例
うつ病発症の業務起因性

 解 説
 〈事実の概要〉

 Aは、ITサービスを展開しているZ1に入社し平成7年7月に公報部社会貢献室のメセナ(芸術文化支援活動のこと)担当課長として配属され、その後社会貢献室において社会貢献支援活動関係の企画・運営、公報活動等を担当し、特にメセナ活動を中心に、専門家の立場で業務を遂行してきたが、平成21年2月3日、医師の診断を受け、同19日までに抑うつ神経症等と診断され本件疾病に適応のある薬を処方された。同年5月23日、別の医師の診断を受けたが、それまでと同じ薬を処方された。Aは、同年7月25日、自宅において階段の手すりに柔道着の帯をかけ首をつって死亡した。亡Aの妻X(原告)は、監督署長に労災保険法16条所定の遺族補償給付を請求したが、亡Aの本件疾病・その後の死亡は業務上の事由によるものとは認められないとして、Xの請求にかかる給付について不支給処分がなされた(本件処分)。その後の審査請求、労働保険審査会の再審査請求についても棄却の決定・裁決がなされた。そのため、Xは、本件処分の取消を求める行政訴訟を提起した。
 本件疾病の発病自体は当事者間に争いがなく、争点になったのは、@本件疾病の発病時期はいつか、A本件疾病の発病に業務起因性が認められるか、の2点である。争点Aについては、本件疾病の発病時期の前おおむね6ヵ月の間に、業務による強い心理的負荷が認められるか否かが問題となった。この点、両当事者とも、業務起因性の判断枠組みについては、おおむね「心理的負荷による精神障害の認定基準について(平成23年12月26日基発1226号第1号)」(認定基準)をベースにしている(もっとも、Xの側では当該認定基準に沿ってこれを参考にしながら、当該被災者の発病に至るまでの具体的事情を総合的に考慮し、必要に応じて修正する、という留保はつけてはいるが)。とくにXの側が主張したのは、亡Aについては、「業務をめぐる方針等において、周囲からも客観的に認識されるような大きな対立が上司との間に生じ、その後の業務に大きな支障をきたした」ことの心理的負荷の強度は「強」であるとみるのが相当である、との点である。
 〈判決の要旨〉
 裁判所は、業務起因性の判断枠組みについて、最高裁の判例(第3小判平成8年1月23日、裁判集民事178号83頁等)を引証し、相当因果関係が認められるためには、当該疾病等の結果が労働者の従事していた業務に内在する危険が現実化したものであると評価できることが必要であるとした上で、今日の精神医学的・心理学的知見としていわゆる「ストレスー脆弱性理論」が広く受け入れられていること、さらに上記の「認定基準」が最新の医学的知見を踏まえて策定されたものであることから、(法的拘束力は認められないとしても)、その内容には合理性があるとしている。
 そして、亡Aの時間外労働時間は1ヵ月当たり数時間程度に止まる、週末の社会貢献活動に参加していたが、その代わりに代休を取得していたとし、時間外労働時間による負荷は否定している。本件疾病の発病時期については、専門部会意見書が専門的知見をもって判断したものであるとし、それと同様に、亡Aの本件疾病の発病時期を、平成21年1月中旬としている。そして、それ以前おおむね6ヵ月の間には、「業務をめぐる方針等において、・・・・・・上司との間に生じた」との出来事は、その強度は「中」に止まるとした。また、X主張の本件疾病の発病後の出来事についても、その心理的負荷は「強」とは評価できるものではないとしている。結論として、亡Aの本件疾病発病については、業務起因性は認められなかった。
 本件事実関係を前提とするかぎり、判旨の結論は妥当ということになろう。

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