1185号 労働判例 「有限会社スイス事件」
              (東京地方裁判所 令和元年10月23日 判決)
使用者主張の能力不足等による解雇が無効とされ、
労働時間がGPSの移動記録に基づき計算され、
それをベースに割増賃金等が算定された事例
解雇無効と在職時の割増賃金の算定

 解 説
 〈事実の概要〉

 本件は、洋食喫茶等の飲食店業等を目的とするY(被告)と平成28年10月、雇用契約を締結し、平成29年11月13日にYにより普通解雇(「本件解雇」)されるまで、最初は築地店で、平成29年1月1日からは銀座店でホール係・調理場担当兼務の従業員として勤務していたX(原告)が、上記解雇は無効であるとして雇用契約上の地位確認等を求めていたものである。本件解雇について、Yは、Xが、@勤務状況不良で改善の見込みがなく、従業員としての職責を果たし得ないと認められたこと、A勤務成績・作業能率が不良で、向上の見込みがなく、他の職務へも転換できないこと、B協調性を欠き、他の従業員の業務遂行に悪影響を及ぼし、職場秩序を乱す行為があったことをその理由として挙げていたが、訴訟では、Xが、@つり銭・売上金の窃盗・横領をしていたこと(Yからの被害申告に基づき、築地警察署による捜査継続中)、A著しい能力不足があったことを理由としてあげ、本件解雇を有効と主張していた。これに対して、Xは、Yの主張する解雇理由はいずれも存在しないと主張。つり銭・売上金の窃盗・横領については、否認していた。
 〈判決の要旨〉
 裁判所は、Yの主張する、Xがつり銭・売上金を窃盗・横領していたことについては、Yが主張する日にYが主張する額の紛失があったことを認めるに足りる客観的かつ的確な証拠は存在せず、これらの紛失があったことを直ちに認めることができないもの、と判断している。そして(Xが以前勤務していた銀座店においては)、レジがなく、手書き伝票を使用し、売上金やつり銭を鍵のかからない戸棚で保管する等、通常行うべき金銭管理が行われておらず、Xが勤務していた時期以外に1万円規模でつり銭・売上金がなくなったことが一度もなかった(Yがこのように主張していた)と断定できるかは疑問であるとも述べる。むしろ、Xは、Z1が体調不良で欠勤し、Y代表者も不在であったため、11月7日朝、Y代表者に対して、Xが前日に戸棚に入れていた売上金およびつり銭のうち、4万円が無くなっている旨を電話で連絡したことが認められるが、上記のような銀座店における売上金管理の実態からすれば、当日の売上げ自体を少なく申告するなど、より犯行が発覚しがたい方法で窃盗や横領をすることが可能であり、他方で、つり銭・売上金がなくなれば、当日の金銭管理を行っていたXがまず疑われることになるにもかかわらず、敢えて、上記の4万円を盗みつつ、翌朝、直ちに同金銭が無くなっている旨報告するとは、通常考えがたいものである。これらの事実からすれば、Xについて、つり銭・売上金の窃盗や横領の事実は認められない、と結論づけた。また、Xに解雇事由となるまでの著しい能力不足があったと認めることは困難であるとする。結局、本件解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合に当たり、労働契約法16条により、解雇権を濫用したものとして無効とされた。
 解雇が無効とされた場合に、Xの、割増賃金計算の基礎となる労働時間が問題となるが、この点につき、裁判所は、本件XのGPS記録、タイムライン記録には信用性が認められるとし、Xが築地店、銀座店に滞在していた時間中に、休憩時間を除き、Yの業務以外の事項を行っていたと認める客観的な証拠はないから、Xは、本件タイムライン記録に記録された築地店、銀座店に滞在した時間、Yの業務に従事していたものとして、労働時間が算定され、それに基づき割増賃金額が計算されている。また、Yには36協定の締結や割増賃金の支払い等、労基法を遵守する意識が希薄であったとして付加金として165万円余の支払いが命じられている。
 使用者の方で金銭の管理も労働時間の管理も杜撰であった場合に問題となることを的確に示唆する興味深い事例といえる。なお、働き方改革法で、労働安全衛生法が改正され、使用者の法律上の義務として「労働時間把握義務」が規定された(66条の8の3)。使用者の労働時間把握義務は、従来、労基法で割増賃金の支払い等様々な義務を負っている使用者の当然の義務とされてきたものである。

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