1176号 労働判例 「A研究所ほか事件」
              (横浜地方裁判所川崎支部 平成30年11月22日 判決)
訪問介護サ−ビス事業を行う会社の従業員が、勤務時間中に他の従業員から暴行を受けて
受傷したことにつき、会社の使用者責任の有無が問われた事例
職場内での暴行と会社の使用者責任の有無

 解 説
 〈事実の概要〉
 本件は、訪問介護サ−ビスなど介護保険法における居宅サ−ビスの提供等を行う株式会社(被告Y2)にパ−トタイマ−として雇用され、そのB事業所に勤務している従業員(原告、X)が、Y2に訪問介護業務に従事する訪問介護員(ケアスタッフ)として雇用されている女性(被告Y1)とトラブルになり、暴行を受け負傷したことにつき、Y1の不法行為責任とともに、Y2の使用者責任(民法715条)を問うたものである。前者についてはY1の暴行によるものであるから当然だととしても、とくに問題になったのは後者の会社の使用者責任の有無である。
 Y2では、居宅サ−ビスの利用者が緊急時等にB事業所に容易に連絡を取ることができるように通報装置として、各利用者宅にテレビ電話端末を設置していたが、Xの平成26年4月当時の担当業務は、夜間にB事業所に待機して、利用者からB事業所に本件通報装置による緊急コ−ル等があった場合に電話対応をすることであった。なお、Xは、当時、看護師としてCクリニックにも週2、3回程度勤務しており、B事業所には週末の夜間および祝日の夜間のみ勤務していた。
 ところで、問題になったのは、Y1が巡回中に、利用者のひとりであるEから自宅で本件通報装置を使ってB事業所に緊急コ−ルをしようとしたがつながらなかったとの苦情を受けたことである。この点につき、Xは、本件トラブルの原因は、E宅の本件通報装置のプラグがコンセントから外れていたことをY1が確認しなかったことにあり、これはY1のミスである旨発言し、Y1はそれを否定し、両者は険悪な雰囲気になった。その後、二人の間は喧嘩に発展し、Y1は、床に倒れているXの上に馬乗りになり、その頭髪を右手でつかんで押さえるなどの暴行を加えた(Y2は、XとY1との間にはY2に入社する以前から相当な悪感情があったことを主張している)。
 〈判決の要旨〉
 裁判所は、Xが、本件トラブルの原因は、E宅の本件通報装置のプラグがコンセントから外れていたことをY1が確認しなかったことにあり、これはY1のミスである旨発言したことに関連して、次のように述べている。すなわち、本件トラブルの原因は、むしろXが、利用者宅から本件通報装置による緊急コ−ルがあった場合にこれに応答するための本件受信装置の操作を理解しておらず、本件受信装置を適切に操作することができなかったことにあると。したがって、本件トラブルの原因は、E宅の本件通報装置のプラグがコンセントから外れていたことをY1が確認を怠ったことにあるととするXの供述部分は採用できない。また、Y1にはX主張の業務上のミスはなく、本件暴行の原因となったXの言動は、Xの担当業務の遂行には当たらないとした。したがって、本件暴行は、Y2の事業所内において同Y2の従業員同士の間で行われたものであるが、その原因は、本件暴行前から生じていたXとY1との個人的な対立、嫌悪感の衝突、XのY1に対する侮辱的な言動にあり、本件暴行は私的な喧嘩として行われたものと認めるのが相当である。したがって、本件暴行がY2会社の事業の執行を契機として、これと密接に関連するとは認められないから、本件暴行によるXの損害は、Y1がY2の事業の執行につき加えた損害とはいえないとして、この部分につきXの請求を棄却した。また裁判所は、Y2に、Y1がXに暴行に及ぶ可能性があることについての予見可能性も、結果回避義務違反もなかった、としている。
 なお、Y1については、472万円余の損害賠償義務(治療費、傷害慰謝料、後遺障害慰謝料等)があるとされている。XとY1との間にはY2に入社する以前から相当な悪感情があったことを背景とした使用者責任(民法715条)の否定例である。通常のケースであれば、このような暴行についてもY2会社の事業の執行を契機としているとして肯定される例が少なくないと思われるが、使用者責任をめぐる興味深い事例である。

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