1175号 労働判例 「国・大阪中央労基署長(LaTortuga)事件」
              (大阪地方裁判所 令和元年5月15日 判決)
極端な長時間労働に従事していた調理師の心筋炎発症につき業務起因性が肯定された事例
調理師の長時間労働と心筋炎発症の因果関係

 解 説
 〈事実の概要〉
 本件は、調理師であったKが急性(劇症型)心筋炎、急性心不全で入院した後、いったん退院したが、その後心不全で再度入院し、後に死亡したことにつき、Kの妻Xが、大阪労基署長が行った遺族補償給付等の不支給処分の取消を求めたものである。なお、直接のKの死因は脳出血であり、劇症型心筋炎による補助人工心臓装着状態であるとされた。
 LaTortugaは、フレンチレストランを経営する会社であるが、Kは、そこで調理師として調理や他の料理人の教育等を担当していた。平成24年11月19日ころ、発熱・関節痛を訴えて大阪市の急病診療所を受診したところ、インフルエンザの疑いと診断され即日入院した。その後も胸痛、関節痛があり大阪の済世会病院を受診したところ、状態が悪化し、重症心不全・ショック状態になり、D大学病院に搬送・転院して、同年12月、翌年1月に補助人工心臓を装着する手術を受けたが、症状の改善が見られなかったため平成25年1月、左右の心室に埋め込み型の補助人工心臓を装着する手術を行った。同年9月にKはいったん退院した。しかし、平成26年1月3日に心不全によって再度D病院に入院したが、同年6月に死亡した。原因は、「劇症型心筋炎による補助人工心臓装着状態」であるとされた。本件は、Kの妻(原告・X)が、本件疾病はKの長時間労働によるものであり、労基署長(被告・Y)の行った労災保険の遺族補償給付等の不支給は違法であるとしてその取消を求めていたものである。Yは、平成13年12月12日の脳・心の認定基準(基発1063号)は、脳・心臓疾患においては、業務による著しい過重な負荷が長期間にわたって加わった場合に、疲労の蓄積を背景ににして、血管病変が自然経過を超えて増悪し、脳・心臓疾患が発症することがあることを踏まえて作成されたものであるが、上記認定基準においては、外因であるウイルスによる感染症である急性心筋炎は、従来から、業務による過重負荷とのとの関連を評価する認定基準の対象疾病とは想定されてはいない、Kの本件疾病発症当時に免疫力の低下があったことを示す客観的なデ−タは存在しない、等とXの主張に反論していた。なお、Kは、月平均で約250時間の時間外労働を行っていたとされている。
 〈判決の要旨〉
 裁判所は、労災補償・労災保険法における業務起因性の判断枠組みについて判旨した上で(相当因果関係の必要性等)、疲労の蓄積と免疫力の異常との関係について、次のように述べている。長時間労働などに伴う過労や・ストレスが免疫力を低下させ、免疫力低下による防御能力の低下が感染症の発症・増悪につながることは医学的な常識であるという意見もあり、ウイルス性心筋炎の発生が感染に対する抵抗力や治癒力が劣る低年齢または高齢層に比較的多く発生するとされていること等からすれば、疲労の蓄積によって自然免疫機能の低下や獲得免疫機能の過剰といった免疫力の異常が発生する結果、ウイルスに感染しやすく、また感染症の症状が重篤化しやすい状態になることについては、相応の医学的な裏付けがあると認めるのが相当である。Kの本件疾病の発症、すなわち心筋炎の発症およびその劇症化には、本件疾病の発症前12か月間もの長期間にわたって、平均1月当たり約250時間の著しい時間外労働を含む長時間労働への従事という、免疫力に著しい異常を生じさせるうことが明らかな事情が作用したと考えられる一方で、このような長時間労働以外に、本件疾病の発症に作用した可能性のある個別的な事情(Kの遺伝的背景等)の存在は認められない。裁判所は、以上のように判示して本件疾病の業務起因性を肯定した。この考え方の方が、外因であるウイルスによる感染症である急性心筋炎は従来から、業務による過重負荷とのとの関連説は低いとする考え方よりも説得性・納得性があるように思われる。

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