1168号 労働判例 「学校法人産業医科大学事件」
               (福岡高等裁判所 平成30年11月29日 判決)
30年以上にわたり期間雇用(1年)の臨時職員として契約を更新してきた者につき、
正社員との基本給との相違が労働契約法20条に反するとされた事例
臨時職員と正社員との基本給の相違と労働契約法20条
  解 説

 〈事実の概要〉
 本件は、30年以上にわたり1年の期間雇用の臨時職員として契約を更新してきた者につき、正社員との基本給との相違が労働契約法20条に反するとされ、いよいよ臨時職員と正社員との基本給の相違も労働契約法20条に照らして問題とされるということで、注目を集めた事件である。X(原告、控訴人)は、昭和55年3月に短大を卒業し、Y大学(被告、被控訴人)にアルバイトとして採用され、同年4月から歯科口腔外科で勤務を開始し、同年8月1日には改めて臨時職員として採用され、現在まで臨時職員として同科に勤務している者であるが、所属講座の予算管理や経費支出の手続き、物品管理、教務・学生の講義の準備や出欠管理等の業務を担当している。Yは、産業医科大学および産業医科大学病院を運営する学校法人である。
 Yの正規職員には俸給、賞与、退職金が支給されるが、臨時職員は給与、賞与のみで退職手当はなかった。また臨時職員の給与月額は雇用期間や職種に関係なく毎年一律で、定期昇給もなかった。Xと同じ頃採用された正規職員H氏の基本給はその約2倍であった。なお、賞与は正規職員、臨時職員ともに月給の3・95ヵ月分である。なお、Xは、昭和56年頃、正規職員の採用試験を一度受験したが、合格の取り扱いをされなかった。
 Xは、平成25年4月1日から現在までの本件労働契約における賃金の定めが、正規職員(M氏、O氏、E氏、Y氏、H氏、以下では「対照職員」)の基本給と比較して著しい格差があるため、労働契約法20条ないし民法90条に反して無効であり、Xが得られた給与は月額35万円を下らないとして、不法行為に基づく損害賠償請求権に基づき、実際の支給額との差額824万円余の支払いを求めて本件訴訟を提起した。
 これに対して原審(福岡地小倉支判平成29・10・30)は、Xは、正規職員として採用されYに勤務している対照職員とは、職務の内容や職務の内容・配置の変更の変更の範囲が異なること、Xも正規職員への積極的な意欲を有していたとは認められない(正規職員・学長秘書室への誘いを断ったことがある)こと、H氏についてみると同氏とXは比較的に類似した業務を担当するといえるが、同氏が衛生検査技師や臨床検査技師の資格を有していることなどを考えると、経歴や責任の程度等においても異なっておりX氏とH氏が同様の業務を行っているとの単純な比較をすることは困難であるなどから、本件労働契約における賃金の定めが公序良俗に違反するとまで認めることはできない、としてXの請求を棄却した。これに対して、Xが控訴。
 〈判決の要旨〉
 裁判所(控訴審)は、@対照職員とXとの間には職務の内容に相違がある、H氏は、担当業務の内容がXと類似していたが、年間講義時間数はXの担当の約2倍、経理業務の対象となる外部資金管理は約20倍であり、当該業務に伴う業務の範囲や責任の程度には違いがあった、また、A対照職員とXとの間には、制度上も実際上も職務の内容、配置の変更の範囲において相違があり、正規職員はすべての部署への配属・出向を含む異動の可能性があり、多様な業務の担当が予定されていたのに対して、Xは、異動や出向は予定されず、また臨時職員は人事考課の対象ではなく、将来のYの中核的人材として登用されることは予定されていないとしたが、他方で、Xが30年以上も臨時職員として雇用されており、このような採用当時に予定していなかった雇用状態が生じたことについては労働契約法20条にいう「その他の事情」として考慮される事情に当たる、としてXと同じ頃採用された正規職員の基本給の額に約2倍の格差が生じていること等の事情を総合考慮して、この労働条件の相違は、同学歴の正規職員の主任昇進前の賃金を下回る3万円の限度で、労働契約法20条にいう不合理であるとした。そして結論として、月額賃金の差額3万円および賞与に相当する損害として合計113万4000円を認定した。
 不合理性が認められたといっても、比較的限定された是正措置であるが、臨時職員制度の見直しを迫る判断である。

BACK