1167号 労働判例 「公益財団法人後藤報恩会事件」
               (名古屋高等裁判所 平成30年9月13日 判決)
美術館で学芸員として勤務していた者に対する美術館の他の職員らの発言が
違法な退職勧奨に当たるとして損害賠償が容認された事例
違法な退職勧奨と損害賠償
  解 説

 〈事実の概要〉
 本件は、A美術館で学芸員として採用され勤務していた者(控訴人・第1審原告、X)に対する美術館(被控訴人・第1審被告、Y1)の他の職員(Y1の前代表理事Bの双子の娘、Y2およびY3)らの発言が違法な退職勧奨に当たるとして損害賠償が容認されたものである。なお、Xは、当該美術館の館長であるY4(前代表理事Bの弟)もY2およびY3の発言がパワハラに当たることを知り、また知りうべき地位にありながらY2およびY3に加担したとして共同不法行為に基づき損害賠償を求めている。
 Xは、以前、9年間にわたり愛知県内の他の美術館で嘱託学芸員として陶芸等の展示・イベントの補助、教育・普及等の事業に携わってきたが、平成26年12月11日の面接の結果、A美術館の職員として採用され、平成27年4月1日からA美術館で勤務を開始した。XとY1との試用契約書・雇用契約書によれば、試用期間は3か月とされ、試用期間が経過したときは、その翌日付けで本採用とし、辞令を交付のうえ正職員の資格を与えるとされていたが、試用契約経過後も上記の辞令は交付されなかった。
 第1審では、Y2−Y4のいずれの言動についても、Xに対する職務上の注意・指導としてなされたもので、社会通念上許容しうる限度を超える違法なものとまで認められないとしつつ、他方で、Y1がXの試用契約経過後も本採用の辞令を交付しなかったことについてのみY1の債務不履行責任を認め、Y1に対して11万円の損害賠償(10万円の慰謝料と1万円の弁護士費用)のみが命じられている(Y1がこれを任意に支払ったため、当該請求部分についてはXは訴えを取り下げ)。Xは、控訴審では第1審で共同不法行為を構成する事実をだ1審で主張していた29個の行為から6個の行為に限定して、これらが社会的相当性を逸脱した退職勧奨に当たると主張した。なお、Xは、平成27年11月20日を以て退職したいと弁護士と連名で退職届を提出した。この退職届にはY2およびY3、さらにY4から不当な退職勧奨、数々の嫌がらせ・パワハラを受け続けたため席喘息等に罹患し、勤務継続が不可能または著しく困難と判断される等と記載されていた(したがって、退職勧奨が違法であると主張して損害賠償は求めているものの、A美術館に戻る意思はないということである)。 
 〈判決の要旨〉
 控訴審では、第1審とことなり、平成27年10月14日、16日、17日、29日、30日の近接したY2−Y4の行為に焦点を当てて、退職勧奨の違法性を認定している。
 退職勧奨自体は、勧奨対象となった労働者の自発的な退職意思の形成を促すための説得活動であり、これに応じるか否かは、対象となった労働者の自由な意思に委ねられるものである。したがって、使用者は、退職勧奨に際して当該労働者に対する説得活動について、そのための手段・方法が社会通念上相当と認められる範囲を逸脱しないかぎり、使用者の正当な業務行為として行うことができる。もっとも、労働者の自発的な退職意思を形成するという本来の目的を超えて、当該労働者に対して不当な心理的圧力を加えたり、その名誉感情を不当に害するような言辞を用いるような場合には、違法なものとして不法行為を構成する(下関商業高校事件、最1小判昭和55・7・10)。
本件の場合、パワハラとして不法行為をを認定する方が明晰・簡明であったと思われる。

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