1165号 労働判例 「日本ケミカル事件」
              (最高裁第一小法廷 平成30年7月19日 判決)
調剤薬局で薬剤師として勤務していた者に支払われていた業務手当(定額残業代)が
割増賃金に当たるか否かが争われた事例
定額残業代の割増賃金該当性

 解 説
 〈事実の概要〉

 本件は、調剤薬局で薬剤師として勤務していた者に支払われていた、かなり高額の業務手当(定額残業代)が割増賃金に当たるか否かが争われたものである。Xは、Y(調剤薬局の運営を主たる業務とする株式会社)に期間の定めのない雇用契約を締結して、平成26年3月31日に退職するまでYのプラム薬局A店において薬剤師として勤務していた者であるが、その賃金は月額56万2500円であった。そのうち月額10万1000円が業務手当として支払われていた。この点につき、Xは、雇用契約書には業務手当が法定外みなし手当であるとは記載されておらず、その時間的内訳も記載されていないからみなし時間外手当の要件を満たさず無効である等と主張していた。これに対して、Yは月額10万1000円の業務手当はみなし時間外手当であり、また業務手当は、割増時間の基礎には含まれないし、未払い割増時間額からは業務手当で支給した賃金分は控除すべきであると主張していた。
 第1審(東京地判立川支部判平成28・3・29)は、@Yにおいては業務手当を30時間分の時間外手当として設定していたことを認めた上で、AXが勤務していたプラム薬局A店は労基法別表第1の13号に該当するため(労基法40条、労基法施行規則25条の2第1項参照)、1週間につき44時間を超える労働時間についてのみ法定時間外労働に該当するからこれを超えるものに限って時間外割増時間が発生するとして、未払い割増時間額を計算し、YにXに対する25万円余の支払いを命じていた。付加金についてはその支払いを認めることは相当でないとした。これに対してXが控訴。控訴審(東京高判平成29・2・1)は、Xの請求をより広く認める形で1審判決を変更し、Xに139万円余の支払いを命じた。いわゆる定額残業代の仕組みを安易に認めることは労働関係法令の趣旨を損なうことになり適切ではない、また、Xについては、業務手当が何時間分の時間外手当に当たるか伝えられておらず、時間外労働の合計時間を測定することができず、また定額の業務手当を上回る金額の時間外手当が発生しているかどうかをXが認識することができないから、本件のような事実関係のもとにおいては業務手当の支払いを法定の時間外手当の全部または一部の支払いと認めることはできないとした。また付加金についてはYにおける休憩時間の管理等が不適切であったとして100万円の付加金支払いを認めた。Yが上告。
 〈判決の要旨〉
 結論的には、上告審では、2審判決のY敗訴部分が破棄され、高裁への差戻しとされた。最高裁の述べるところで重要な部分は、@労基法は、37条等で定められた方法により算定された額を下回らない額の割増時間を支払うことを義務付けるものにとどまり、労働者に支払われる基本給や諸手当にあらかじめ含めることにより割増時間を支払うという方法自体が直ちに同条に違反するものではない、A雇用契約において、ある手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされているか否かは、雇用契約書等の記載内容のほか、具体的事案に応じ、使用者の労働者に対する当該手当や割増時間に関する説明の内容、労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断すべきである。B当該手当の支払いによって割増賃金の全部または一部の支払いを認めるために、原審が判示するような事情が認められることが必須のものとは解されない、と。
 固定残業代の適法要件について考えさせられる重要な判例である。

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