1164号 労働判例 「日本通運事件」
              (東京地裁 平成29年10月23日 判決)
ドライバーでない労働者の業務時間外での酒気帯び運転とそれに起因する事故が
退職金の不支給事由に該当するものの、5割の支給が認められた事例
酒気帯び運転と退職金の不支給・減額

 解 説
 〈事実の概要〉
 本件は、各種運送事業を目的とする国内最大手の運送事業者Y(被告)の従業員であったX(原告)が、就業時間外に酒気帯び運転をして事故を引き起こしたことから、就業規則に基づいて、懲戒解雇され退職金の不支給とされたことに対して、自己都合退職した場合の退職金を請求したものである。本件の特色としては、Xが運転業務に従事する従業員ではなく、空港における航空機の搭乗手続き等に従事していた従業員であったことである。なお、Yの就業規則には、「飲酒し、または無免許で運転、操作したとき」が解雇事由と規定され、業務時間内の飲酒運転に限定する規定や、運転業務に係る従業員に限定する旨の文言はなかった。
 Xは、公休日であったとはいえ、平成27年11月16日の昼間から飲酒を続け、そのうえ、精神安定剤・睡眠薬を服用したことから体調不良になり、翌日は本来出勤日であったが欠勤し、呼気1リットルにつき0・5ないし0・55ミリグラムのアルコールを身体に保有する状態で、自宅からスーパーマーケットまで自己所有の普通乗用車を運転し、同店舗の駐車場で同車を後退させて駐車しようとして運転を誤り、同店舗に車を衝突させて同店舗のガラスを損壊する事故を発生させた。Xは、同年11月20日、Yに対して退職届を提出したが、Yは自己都合退職には応じず、翌年4月20日付けでXを懲戒解雇処分にした。これに対して、Xは、@本件事故後、本件店舗に謝罪し、自ら加入していた自動車保険を利用して全額被害補償をして示談しており、公益財団法人交通遺児育英会に10万円の贖罪寄付を行うなど、一貫して本件事故を反省し、約27年にわたり真面目に勤務してきた、A本件事故は業務外の行為であり、刑事処分としては罰金35万円の略式命令ですんでいる、B本件事故は地方の片隅に小さく報道されたにすぎず、会社名は報じられず、外部的な影響はほとんどなく、Y社の名誉・社会的信用が害されたことはない、C仮に本件懲戒解雇処分が有効であるとしても、退職金を不支給とすたためには、労働者の長年の勤続の功を抹消してしまうほどの背信行為が存在する必要があるが、Xはこれまで懲戒処分歴がなく、約27年真面目に勤務してきたこと等からすると、長年の勤続の功を抹消してしまうほどの背信行為が存在するとはいえない、等と主張していた。
 本件の争点は、@退職金不支給条項に該当する事由の存否、A退職金不支給の当否、の2点である。
 〈判決の要旨〉
 裁判所は、@について、まず、Xが提出した退職届について、これは退職の意思表示ではなく、雇用契約の合意解約の申込みであると解され、Yの承諾するまで効力を生じないとしたが、これは、YがXに対して、平成27年11月から解雇時までの基準内賃金、年末一時金等340万円余を支給し、Xもこれを特段の異義をとどめず受領したことから、このように解釈したものであろう。そして本件事故の悪質性等からしてXを懲戒解雇処分が有効としたことが重きに失するとはいえないとして適法とした。
 Aについては、退職金が功労報償的な性格だけではなく、賃金の後払いとしての性格をも有するとしたうえで、これを不支給にするには、当該労働者にこれまでの勤続または減殺するほどの著しい背信行為が認められる必要があるが、本件酒気帯び運転が悪質である、その行為にいたる経緯に酌量の余地がなく、結果も重大であることを考慮しても、Xのこれまでの勤続の功をすべて抹消するものとは認められないとして、その減殺の程度は5割とした。
 退職金不支給条項の解釈についての一事例として興味深い。

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