1163号 労働判例 「東京商工会議所(給与規程変更)事件」
              (東京地裁 平成28年5月8日 判決)
就業規則を変更して年功型賃金体系を改め成果主義型賃金体系を導入したことが、
就業規則の不利益変更に当たるか否かが争われた事例
年功型賃金から成果主義型賃金体系への変更の合理性

 解 説
 〈事実の概要〉
 本件は、東京商工会議所(被告Y)が給与規程を変更して、年功型賃金体系を改め成果主義型賃金体系にしたことで不利益を受けたとしてYの正社員であるX(原告)が、@変更前の就業規則に基づく賃金を受給する地位にあることの確認と、A就業規則の変更により減額された給与および賞与の部分についての未払い分の支払いを求めたものである。Yは、商工会議所法に根拠を有する法人で、商工会議所としての意見を公表、当該意見の行政官庁・国等への意見具申、商工業に関する調査研究、会員企業の相談・指導等を行っている。
 Yの給与規程(旧給与規程)によれば、職員に対して、@年齢給、A職能給、B資格手当が支給されていた。@年齢給は4月1日の年齢に応じて支給されるものであり、A職能給は9級から1級までの間の号数に応じて支給され、B資格手当は、参事、副参事、主幹、主査、副主査の職位に応じて支給されていた。Xは、平成11年1月にYに正社員として入職したが、平成27年3月において等級は4級、資格は主査であった。給与規程の主な変更点は、@年齢給、職能給、資格手当が廃止され、「役割級」に一本化されたこと、A定期給与の改定は、4月1日付けで、給与表上の人事考課による昇級・降級、昇給・降給を反映した額とすること、B本件変更により従前受給していた給与より低い給与となる者には影響緩和のため調整給が3年間支給される(ただし、調整給は1年ごとに3分の1ずつ減額される)、というものであった。本件では、上記の給与規程の変更に、労働契約法10条に基づく合理性があるといえるか否かが争われ。
 本件変更の必要性に関しては、Xは、Yは無借金経営を行うなど極めて良好であり、本件不利益変更を行わなければならない経営上の高度の必要性はない等と主張していた。これに対して、Yは、平成25年7月にコンサルタント会社に依頼して調査・検討を加えた結果、等級間で低い等級の職員が等級の高い職員よりも高額な賃金を受給するなど逆転現象が起きており、賃金制度に対する不信・不満が多く、公正な賃金体系の構築が必要であるとされたことなどを変更の理由として指摘していた。また、本件変更は、給与の配分の適正化を目的としたもので、給与の減額を伴うものでもないとも主張していた(給与変更前より変更後は総合額は若干であれ増額)。
 〈判決の要旨〉
 裁判所は、本件変更の必要性について認め、Xの請求を棄却したが、判断のポイントを指摘すると次のとおりである。まず、@本件は、賃金配分の見直しを目的としたものであるが、賃金体系の見直しをどのようなものとするかは、人材育成等の雇用施策と深く関わるもので、使用者側の経営判断に委ねられる部分が大きく、年功型賃金体系を改め成果主義型賃金体系にした経営判断自体に合理性がないとはいえない、またA評価制度のみを改革しても、それに伴う賃金の増減がなければ不満が出ることは明らかであり、評価制度と賃金制度を一体のものとして見直す必要性は肯定できるとしている。本件変更による不利益の内容・程度についても、Xの受ける不利益は必ずしも小さいとはいえないが、評価次第では増額・減額、いずれでもあり得る制度変更であり、人件費削減目的の制度変更とは異なり、本件変更時の減額幅をそのまま制度変更の合理性の判断に投影させるのは相当ではない、としている。
 商工会議所の職員は、半ば公務員的な者が少なくないと思われるが、若い職員に刺激を与える意味で、本件の年功型賃金体系を改め成果主義型賃金体系を導入する形での給与規程変更は興味深い。

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