1153号 労働判例 「Chubb損害保険事件」
              (東京地裁 平成29年5月31日 判決)
原告従業員に行われた2度の降格処分とそれに伴う賃金減額、
さらにリハビリ期間中の賃金についての原告の同意なしの減額が、いずれも違法とされた事例
降格処分とそれに伴う賃金減額とその有効性

 解 説
 〈事実の概要〉
 本件は、Chubb損害保険(Y社、被告)の従業員である原告Xが、@2度の降格処分とそれに伴う賃金減額はいずれも無効であるとして降格前後での賃金差額の支払いを求めるとともに、AXが抑うつ状態等による休職から復帰に向けていわゆるリハビリ勤務が実施された際に、リハビリ期間中の賃金の原告の同意なしの減額が違法であるとしてその支払い等を求めていたものである。
 X(男性)は、昭和38年生まれで、平成11年4月にY社の正社員として採用され、現在までYに在籍している。Yでは、平成13年に、責任の大きさと業績により給与が決定される新たな給与体系(職務給制度)を導入したが、これによれば従業員の年間給与は、基本給、基本付加給(基本給の2割)、グレード手当、住宅手当、賞与で構成され、基本給自体は、各グレード(10グレード)に応じたサラリーレンジの中で設定され、グレードに応じた定額のグレード手当が支給される(なお、グレード2から4までは平社員、グレード5は主任級、グレード6、6S、7、7Sは課長級、グレード8は次長級、グレード9は部長級、グレード10は本部長級に相当する)。
 Xは、平成19年12月にY社の数理部から内部監査部へ異動となり、その際に職務グレードが7Sから6Sへと引き下げられた。本件降格1によりXのグレード手当は、月額7万円から4万5000円に減額された。その後、Xは、抑うつ状態等を理由に休職するが、平成26年9月1日、Y社は、Xを人事部付に異動させ、同月10日付で休職を解除し復職させた。当該異動で、Xの職務グレードは、さらに6Sから5へと引き下げられ(本件降格2)、グレード手当は月額4万5000円から3万円になった。なお、降格に伴い賃金を減額する根拠となるような就業規則の規定は存在しない。
 また、Xが抑うつ状態等による休職から復帰に向けていわゆるリハビリ勤務が実施されたが、その際の面談で、勤務時間は5時間勤務で勤務内容はインターナルコントロール室で有効性評価業務の補助業務を行う、給与は短時間勤務であることを踏まえて1割減で支給するとされた。ただ、リハビリ勤務中もXは、自主的に就業規則の始業時刻に合わせて午前9時に出勤し、午後5時過ぎまで社内に残っていた。なお、残業代の問題は、紙数の関係で省略した。
 〈判決の要旨〉
 裁判所は、@の賃金減額について、次のように判旨する。「本件降格は、労働者にとって最も重要な労働条件である賃金を不利に変更するものであるから、労働者の個別の同意若しくは就業規則や賃金規程上の明確な根拠が必要というべきであり、かかる就業規則等の明確な根拠規定もなく、労働者の個別の同意もないままに、使用者が一方的行為により従業員のグレードを引き下げること(降格)は、人事権を濫用するものとして許されない」とした。Y社は、「人事(報酬)制度概要説明資料」と題するものを出してきているが、これは、本件職務給制度を社内で説明するためのプレゼンテーション用の資料であり、これを就業規則の一部であるとすることはできないとされた。
 これに対して、リハビリ勤務中の1割減額については、Xの同意があるとしながら、リハビリ勤務が4ヵ月に達していたことなどを踏まえて、Xのリハビリ勤務は遅くとも5月末で足り、同年6月以降8月までも基本給の1割減額を継続することは人事権を逸脱した違法な措置であるとしている。リハビリ勤務といっても、千差万別であり、本人の回復の程度、仕事・業務の内容にもよるから一概に評価することはできないが、リハビリ勤務の際の処遇を考える場合に、有益な示唆を与える事例である。なお、本件では主治医の判断によりXの健康状態は回復していたとされ、それに反する証人P次長の証言は採用されなかった。

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