1150号 「医療法人社団X事件」
       (東京地裁 平成29年1月31日 判決)
特定事業主(メリット制の適用を受ける事業主)が、労働保険料認定処分の取消訴訟において
業務災害支給処分の違法を主張することができないとされた事例
特定事業主と業務災害支給処分の取消訴訟における原告適格
  解 説
 〈事実の概要〉
 本件は、特定事業主(メリット制の適用を受ける事業主)が、業務災害支給処分の取消訴訟における原告適格は認められるものの、労働保険料認定処分の取消訴訟において業務災害支給処分の違法を主張することができないとされた事例である。
 本件の原告Xは、総合病院を開設する医療法人社団であるが、Xの開設する病院の勤務医(訴外A)が、平成19年8月に脳出血を発症した。平成20年7月、同医師は、同疾病について労災保険給付の請求を行い、その結果、管轄の労働基準監督署長は、発症について業務起因性を認め(業務上認定を行い)、同年12月に休業補償給付および休業特別給付金の支給決定を行った(「本件支給処分」という)。
 Xは、いわゆるメリット制の適用を受ける事業主(特定事業主)であるが、上記の労災認定に基づき、労働保険の保険料が増額されることになり、平成22年度の労働保険の保険料の認定処分において前年度よりも増額された保険料額が認定された(「本件認定処分」という)。本件は、医療法人社団であるXが、上記の休業補償給付等の支給処分は違法であり、これを前提とする保険料額の認定処分も違法であると主張して、本件認定処分のうち上記の増額された保険料額の認定に係る部分の取り消しを求めたものである。ここでは、上記の特定事業主が、労災保険給付等の支給処分の違法を主張することができるかどうかが争われた。
 この点は、労災保険制度の根幹に関わる問題を含んでいるが、裁判所は、特定事業主は、自らの事業に係る支給処分の取消訴訟における原告適格を有し、かつ取り消しを求め訴えの利益もあるとしながら、労働保険料認定処分の取消訴訟において業務災害支給処分の違法を主張することができない、また本件認定処分も適法であると判断し、結論としてXの請求を棄却した(Xの控訴に対して、東京高裁も、平成29年9月21日、本判決を全面的に支持し控訴を棄却する旨の判断をしている)。
 なお、訴外A等(Aおよびその妻)は、訴外Aが本件疾病を発症し遷延性意識障害となったことにつき、Xらに安全配慮義務違反があった等として損害賠償請求を行っていたが、その第1審で、訴外Aの業務と本件疾病発症との間には相当因果関係が認められないとして訴外A等の請求を棄却し、平成27年4月17日、その控訴審で、訴外A等に見舞い金1185万円を支払う等を内容とする和解(「別件和解」)が成立している。その意味で、労災保険給付の認定処分は、労災保険料の増額だけに止まらない影響を有していることになる。
 〈判決の要旨〉
 裁判所は、まず、前提問題として、業務災害支給処分の取消訴訟において使用者が原告適格を有するか、について次のように述べている。特定事業主は、自らの事業に係る業務災害支給処分がされた場合、同処分の名宛人以外の者であるものの、同処分の法的効果により労働保険料の納付義務の範囲が増大して直接具体的な不利益を被るおそれがあり、他方、同処分がその違法を理由に取り消されれば、・・・・・・これに応じた労働保険料の納付義務を免れる関係あるとして、原告適格を有する、とする。
 その上で、労働保険料認定処分の取消訴訟において業務災害支給処分の違法を主張することができるか否かについて、次のように論じている。原則として、先行の処分の違法性は、その存在を前提としてされる後行の処分には承継されないが、例外的に「先行の処分と後行の処分とが同一目的を達成するための連続した一連の手続きを構成し、相結合して所定の法律効果を発揮する場合のように、先行の処分と後行の処分とが実体的相互に不可分の関係にあるような場合は、別である、と。この例外的な事例としては、税金の賦課処分に引き続いて滞納処分がされたような場合で、賦課処分の違法性が認められれば、滞納処分が取り消されるようなケ−スを想定することができる。 
 しかし、労働保険料認定処分と業務災害支給処分にはこのような例外的場合は当てはまらないので、特定事業主は、労働保険料認定処分の取消訴訟において業務災害支給処分の違法を主張することができない、ことになる。
 特定事業主に原告適格を認めるものの、その実、上記の「例外的な事例」が認められることはほとんど考えられない以上、あまり実益はないことになろう。妥当な結論である。

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