1148号 「東京電力パワ−グリッド事件」
       (東京地裁 平成29年11月30日 判決)
主治医は復職可能という判断であったが、裁判所はその主治医の見解を斥けて、
病気休職の期間満了による雇用契約の終了を認めた事例
主治医の見解と病気休職の期間満了
  解 説
 〈事実の概要〉
 本件は、病気休職をしていた者の主治医が、休職の期間満了の時期に、当該人は復職が可能であるまでに回復しているという判断であったが、裁判所はその主治医の見解を斥けて、病気休職の期間満了による雇用契約の終了を認めた事例である。このような、休職者の復職が可能である旨の主治医の見解をどのように考えるかという問題は、病気休職の期間満了の時期にしばしば登場して当事者を悩ませる問題であるが、本件はそれに対する一つの解答といえる。
 脱退被告は、電気事業等を行う会社であり、平成28年4月1日、東京電力株式会社から東京電力ホ−ルディングス株式会社へと商号を変更した。被告訴訟引受人(以下では、Y)は、会社分割により、脱退被告の営む一般送配電事業、離島における発電事業、これらに従事する従業員に係る雇用契約上の地位を承継した者である。原告Xは、Yとの間で期間の定めのない雇用契約を締結し、Yの技術職として稼働していた。Yの就業規則では、業務外の傷病により休職する場合、勤続期間の長さに応じて1年6か月から2年6か月の休職が認められていた。Xの場合、平成23年3月8日から1年間、療養休暇を取得した後、平成24年3月8日から休職(本件休職)となり、それから2年後の平成26年3月7日付けで本件休職期間満了による退職との辞令を受けた。
 Xは、抗うつ剤を服用するようになった平成21年頃以降、鉄塔での高所作業や車両の運転を担当しないようになり、これ以降は主として内勤業務を行っていた。また、Xは、本件休職に入る当時、神経衰弱状態との診断を受けていたが、これと併せて、喉や胸の痛みにも悩まされており、職務に就くことができなかった。Yの健康管理室は、療養休暇期間中および傷病休職期間中を通じて、産業医、専門医によるXとの面談を継続的に行っていた。Xは、平成25年6月初め頃からリワ−クセンタ−への通所を開始したが、リワ−クプログラムへの参加状況は芳しいものではなかった。Yの就業審査委員会は、平成26年3月5日、D産業医の復職・職場復帰不可との意見、また、F専門医の、X自身に精神疾患についての病識がないこと等を考え、このまま復職しても通常の就業によって早期に症状が悪化する可能性が高い等の意見を踏まえて、Xの復職不可との決定を下した。なお、Xの主治医であるE医師は、Xの病名を持続性気分障害であり、Xの現在の精神状態は良好であって就労は可能である旨の見解を、平成26年2月4日付けの診断書で述べ、Xを通じて、Yに提出していた。
 〈判決の要旨〉
 裁判所は、Xについて休職の事由が消滅しているというためには、@休職前の業務である架空送電設備の保守、運用、管理の業務が通常程度に行える健康状態になっていること、または当初、軽易作業に就かせればほどなく上記業務を通常の程度に行える健康状態になっていること(以下では「@健康状態の回復」という)、Aこれが十全にできないときにはXと同職種で、同程度の経歴の者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供が可能であり、かつXがその提供を申し出ていること(「A他部署への配置」という)、のどちらかが認められる必要があるとして、@Aを検討している(なお、Xに業務特定、職種特定はなかった)。このうち、Aは、この種の事例でしばしば登場する、いわゆる片山組事件の最高裁判例(最1小判平成10・4・9判時1639号130頁)を踏まえたものである。
 結論的にみると、裁判所は、@につき否定した上で、Aを取り上げ、Xが主張している部門について検討し、Xに精神疾患の病識がなく、ストレス対処の習得が見込まれない状況であったことに照らして、Xが、新たに配置された部署で業務を覚えたり、一から人間関係を構築すること自体が大きな精神的負担となり、精神状態の悪化や精神疾患の再燃を招く可能性があるというべきであるから、いずれの部署も、Xが配置される現実的可能性があったということはできないとした。
 このようにして主治医の、Xの就労可能という診断書は斥けられたが、Xの健康状態を前提にして考察すれば、裁判所が就労不可、休職期間満了による労働契約終了を結論づけたのも十分首肯ける。

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