1145号 労働判例 「学究社(定年後再雇用)事件」
              (東京地裁 立川支部 平成30年1月29日 判決)
定年退職後に再雇用契約に基づき再雇用労働者が、再雇用後の労働条件が
定年退職前の労働条件と比較して低すぎるとして労働契約法20条に基づき訴えた事例
定年前の3割程度の賃金と労働契約法20条
  解 説

 〈事実の概要〉
 本件は、Y社(中学・高校等の受験指導を行う進学塾を経営、被告)の従業員であったX(原告)が、Y社に対して定年退職後の再雇用契約における労働条件が定年退職前の労働条件と比較して低すぎる(定年前の3割程度の賃金)として労契法20条に基づき訴えた事件であるが、それ以外にも、定年前の割増賃金の請求、損害賠償、Y社における1年単位の変形労働時間制の存否、付加金の支払、消滅時効の適用等多くの事項が争われている。しかしここでは紙数の関係で、労契法20条の適用の可否にしぼって見ていく。
 Xは、Y社と期間の定めのない雇用契約を締結して、昭和57年から定年退職をした平成27年2月まで、「ena小中学部」のA校において正社員として勤務してきた。そこではXは、主として小学生を対象にした都立中学校の受験対策コ−スの理系および文系等を担当した。正社員の給与については年俸制が採用されており、平成26年度のXの年俸額は、628万円余(月額給与は53万円余)であった。平成27年3月1日、Yとの間で再雇用契約を締結した(契約内容には争いがある)。同契約は平成28年2月29日、期間満了により終了した。再雇用期間の労働条件について、Xは再雇用後も若干の期間を除き、定年退職前と同様の勤務を行っていたが、Yからその勤務態様等について異義を述べられたことはない等主張した。これに対してYは、Xに対して定年退職後の再雇用について、時間講師としての契約条件を提示して、それを前提とする雇用契約書を交付した、同契約書にXは署名押印しなかったが、同契約書記載の契約内容に従って勤務していることからすれば、Xは同契約内容に同意しているものというべきである等主張した。
 本件では、多くの論点が争われているが、主要なものは、@定年退職前の労働条件を前提として再雇用契約が成立したか否か、AYの提示する再雇用契約の労働条件が高年法の趣旨に照らして無効であるか否か、B正社員時と再雇用契約後の賃金格差が労契法20条に反しているか否か、である。
 〈判決の要旨〉
 裁判所は、次のように判示する。まず@については、Yにおける再雇用契約制度は、その制度上、会社が示した雇用契約条件に再雇用契約者が同意する場合に締結されるものであるが、Yは、Xに対して、再雇用後の給与は定年退職前の30%から40%前後になることを説明し、再雇用後の賃金額が集団指導(通常の授業)50分につき3000円の単価になる旨記載された契約書を交付した上で、同契約書に基づきXに対して給与を支払っていることからすれば、Yには、Xが主張する定年退職前の労働条件を前提として再雇用契約を締結する意思がなかったことは明らかであり、上記Xの主張は採用できない。Aについては、賃金額は50分につき3000円の単価であり、労働者にとって到底受け入ればたいような低額の給与水準であるとは認められないとする。Bについては、次のように述べられている。Xは、定年退職前は専任講師であったのに対して、定年後の再雇用においては時間講師であり、その権利義務に相違があること、時間講師は原則として授業のみを担当するものであり、Yが採用する変形労働時間制の適用はなく、原則はYから割り当てられた授業のみを担当するものであり、両者(定年退職前と退職後の地位等)の間には、業務の内容および当該業務にに伴う責任の程度には差がある。また高年法の継続雇用制度で、その賃金を退職前よりも引き下げることは一般的には不合理とはいえない、と。 このようにXの請求は棄却されたのであるが、賃金額が50分につき3000円の単価であることだけをみるとそれほど低額ではないともいえるが、問題は、Yにより割り当てられた定年退職後のコマ数が少なくて、生活をするに十分でないことである。

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