1143号 労働判例 「信州フ−ズ事件」
              (佐賀地裁 平成27年9月11日 判決)
業務中の交通事故により車両賠償を支払った被用者が、
使用者に対して逆に求償することができるか否か、その範囲が争われた事例
第三者に損害賠償を支払った被用者の使用者に対する逆求償

 解 説
 〈事実の概要〉
 本件は、業務中に自ら起こした交通事故により自分で自ら車両賠償を支払った被用者が、自分の使用者に対して「逆に求償した」(逆求償の)珍しい事例である。交通事故により損害を被った第三者が、その事故の加害者である被用者の使用者に対して、民法715条(使用者責任)に基づき損害賠償を求め、使用者がそれを支払った後で、加害者である被用者に求償として損害賠償を行う事例は、これまでも数多くみられたところである。これについて最高裁判所は、「使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、加害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる程度において、被用者に対し右損害の賠償又は求償の請求をすることができる」(茨城石炭商事事件、最1小判昭和51年7月8日、判例タイムス340号157頁)と判断し、当該具体的事案については、4分の1の範囲に被用者に対する求償請求の範囲を限定した。この考え方が、本件のような、加害者である被用者が自ら損害賠償を被害者に支払ったような場合に、その使用者に対して、「逆の求償」という形で損害賠償が認められるか否か、認められるとすれば、その範囲はどの程度か、という問題が争われた事例である。裁判所は、結論的に、この逆求償を認める判断を示している点でも興味深い。
 被用者X(1審本訴原告、1審反訴被告、被控訴人)は、長野県に本社を置く農産物の加工・販売業者(1審本訴被告、1審反訴原告、控訴人)の従業員であるが、熊本県内でYの業務に従事していたときに、訴外Cとの間で交通事故を発生させた。事故態様は、Xが車両を後退させるときに、後方確認不十分により、停車中の訴外車両に衝突させたというものである。この事故に関して、損害額は、Yの車両・8万0698円、訴外車両・38万2299円とされている。なお、裁判所は、@Xが、野菜等の取引先を開拓し、野菜の購入販売を行うこと、AYの指示により、野菜を取引先等から運搬し、宅配業者に引き渡すことを業務としていた旨を認定している。上記の車両事故によりXは、訴外車両の修理代金38万円余を有限会社D工業に支払った。争点は、Xの逆求償が認められるか否かである。
 1審(鳥栖簡易裁判所)は、逆求償について、使用者から被用者に対する損害の賠償請求権(または求償の請求)を制限することを肯定する理論構成とパラレルに理解されるべきであると述べて、本件の場合、Xが負担した損害賠償額の7割程度の額を求償できるとした。これに対して、Yが控訴。
 〈判決の要旨〉
 控訴審においても、茨城石炭商事事件の上記引用の最高裁判決を引用した上で、本件については、YがY車両の損傷により直接被った損害のうち、Xに対して賠償を請求できる範囲は、信義則上、その損害額の3割を限度とするのが相当であるとし、1審のはんだんを是認した(なお、Yの上告について、福岡高裁は、平成28年2月18日、「原審が適法に確定した事実関係のもとでは、原審の判断は正当として是認できるとして、棄却している)。
 なおドイツでは、同様の考え方が判例により是認されている(被用者の使用者に対する免責請求権、Freistellungsanspruch)。Yは、任意の対物損害賠償保険および車両保険 契約を締結しておらず、危険分散の存置を講じていなかったことも指摘されている。

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