1141号 「医療法人K会事件」
       (広島高裁 平成29年9月6日 判決)
看護学校在学中の修学資金等の貸付け金の返還請求が認められなかった事例
修学資金貸付の返還請求と労基法16条
  解 説
 〈事実の概要〉
 本件は、医療法人であるX(原告・控訴人)が、その元職員(Xの開設するA病院で准看護士・看護士として勤務していた)Y1(被告・被控訴人)に対して、同人の准看護学校および看護学校在学中に貸し付けた修学資金(平成17年4月4日から平成19年3月1日までの合計146万円余と平成19年4月26日から平成22年3月27年までの合計108万円余、前者を本件貸付@、後者を本件貸付Aという)の返還等を求めるとともに、Y2(Y1の父親、被告・被控訴人)に対して、同人が本件貸付けの貸金債務の連帯保証をしていたとして同額の支払いを求めていたものである。
 Y1は、平成17年4月1日、Xに雇用され、同日から平成19年3月31日まで、看護助手として、同年4月1日から平成22年3月31日までは准看護師として、同年4月1日からは正看護師として本件病院に勤務していたが、平成26年8月20日にXを退職した。
 Xでは、無利息の修学資金の貸付金規定があり、その5条では、修学資金の貸付けを受けた者がその課程を卒業し、引き続き法人の医療施設において勤務する期間が・・・・・・看護婦6年以上、准看護婦4年以上・・・・・・であるときは貸付金の全額について返還を免除する旨定められていたが、他方で、勤務すべき期間内に退職する時は、貸付け金の全額を返還しなければならないとされていた(6条)。
 Y1は、Xに雇用される前の平成17年3月にS学院の入学試験に合格し、同年4月、Xに雇用されるとともに同学院に入学し、Xで勤務しながら同学院に通学していた。さらにXは、平成18年11月、山口県立Z学校第二看護学科に合格し、平成19年2月、准看護師試験に合格し、同年3月S学院を卒業した。Y1は、Xにおいて准看護師として勤務しながらZ学校に通学し、在学中に看護師試験に合格し、平成22年3月同学校を卒業した。
 Y1は、平成26年8月20日にXを退職した。本件は、Xが、本件貸付金規定の「勤務すべき期間内に退職する時」に該当するとして本件貸付金の全額について返還を請求した事例である。
 原審は、本件貸付けのうち、@は、免除条件を満たすとしてXが全額免除したものであり、Aは「労基法16条の法意」に反するもので無効としてXの請求を棄却していた。これに対して、Xが控訴していた(@について、Xは錯誤を主張していたが、Xが通算して4年以上准看護師として勤務したとして免除が成立するとしたが、紙数の関係で、以下ではAの部分のみを取り上げる)。 
 〈判決の要旨〉
 控訴審も、Xの請求は理由がないとして棄却しているが、次のように述べている。すなわち、労基法16条は、同条が適用される契約を限定する理由はないから同条は本件貸付にも適用されるとした上で、貸付の趣旨や実質、本件貸付規定の内容等本件貸付に係る諸般の事情に照らし、貸付金の返還義務が実質的にY1の退職の自由を不当に制限するものとして、労働契約の不履行に対する損害賠償の予定であると評価できる場合には、本件貸付は同法16条に反する。また、労基法14条は、契約期間中の労働者の退職の自由が認められない有期労働契約について、その契約期間を3年と定めているから、事実上の制限となる期間が3年を超えるか否かを重視すべきであると述べて、本件の拘束期間が3年間の2倍の6年であり、労働者の退職の自由について課す制限は目的達成の手段として均衡を著しく欠くものであって合理性が認められないとしている。
 看護師資格そのものは、生涯、当該個人が普遍的に利用できるものであり、その資格取得が業務とは言えない性質のものであると思われるが、看護師資格の取得を助成する趣旨と、自分のところの病院に拘束することで労働者の退職の自由を制限することの兼ね合い・バランスが問題になった事例である。

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