1140号 労働判例 「長澤運輸事件」
              (最高裁第2小法廷 平成30年6月1日 判決)
60歳定年後に嘱託として再雇用された者(期間雇用)の賃金につき、
精勤手当、超勤手当を除く賃金項目は、労働契約法20条違反とは認められなかった事例
定年後に嘱託として再雇用された者の賃金と労働契約法20条違反の有無
  解 説

 〈事実の概要〉
 本件は、Y社(運送会社、被告)を定年(満60歳)退職後に同社に嘱託として再雇用された者(期間1年の期間雇用)原告A、B、C(以下では、Aら)が、嘱託になった後も正社員であった当時と仕事内容は同じであるにもかかわらず、賃金について、正社員と大きな格差があり、それは、期間の定めがあることによる不合理な労働条件を禁止した労働契約法(労契法)20条に違反するとして訴えた事例である。
 Aらは、本件有期労働契約締結後も、従前と同様の搬車(バラセメントタンク車)の乗務員として勤務していた。Aらの業務内容は、正社員である乗務員と同じく、搬車に乗務して指定された配達先にバラセメントを配送するというものであり、嘱託社員であるAらと正社員である乗務員との間において業務の内容および当該業務に伴う責任の程度に違いはない。なお、第1審は、上記の事例に労契法20条が適用されるとした上で、労契法20条違反の有無について検討し、Xらの請求を認容した(労政ジャ−ナル1087号33頁参照)。これに対して、原審は、Yの控訴を認容し、次のように判旨した。まず、原審と同様に、本件の事例に労契法20条が適用されるとした上で、労契法20条違反の有無については、不合理な労働条件と認められるか否かの考慮要素として、@職務の内容、A当該職務の内容および配置の変更の範囲、さらにBその他の事情を検討している。ただ異なるのは、@高年法に基づく高年齢者雇用確保措置の選択肢の一つである継続雇用たる有期労働契約は、社会一般に広く行われており、定年後の継続雇用者の賃金を定年時より引き下げること自体が不合理であるであるということはできない、さらにA定年の前後で、職務内容、当該職務の内容および配置の変更の範囲が変わらないままで、相当程度賃金を引き下げることは広く行われている、再雇用後のXらの賃金が、定年前に比べて20−24%程度減額になったことが社会的に妥当性を欠くとはいえないとした。
 これに対して、Aらが上告。当時国会で、働き方改革法案の審議で同一労働同一賃金の問題等が議論されており、それにも大きく関連・影響するため、最高裁の判断が注目されている中での判決であった。
 〈判決の要旨〉
 Aらと正社員との間において、職務の内容および配置の変更の範囲は相違はないが、労働者の賃金に関する労働条件は、労働者の職務の内容および変更範囲により一義的に定まるものではなく、@使用者は、雇用および人事に関する経営判断の観点から、労働者の職務の内容および変更範囲にとどまらない様々な事情を考慮して、労働者の賃金に関する労働条件を検討することができる、また、A労働者の賃金に関する労働条件の在り方については、基本的に団体交渉による労使自治に委ねられるべき部分が大きい。労契法20条にいう、有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違の不合理性の判断に当たって、労働者の職務の内容および変更範囲ならびにこれに関連する事情に限定されるものではない(労契法20条自身が、考慮要素として「その他の事情」を挙げている)。有期契約労働者が定年退職後に再雇用された者であることは、労契法20条にいう「その他の事情」として考慮される事情に当たるというべきであるが、労働者の賃金が複数の賃金項目から構成されている場合、個々の賃金項目に係る賃金は、賃金項目ごとに、その趣旨を異にするものであるから、労働条件の相違の不合理性の判断に当たっては、当該賃金項目の趣旨により、その考慮すべき事情や考慮の仕方も異なるというべきである。
 ところで、Yにおける精勤手当は、その支給要件・内容に照らせば、休日以外は1日も欠かさず出勤することを奨励する趣旨で支給されるものであり、嘱託乗務員と正社員の両者の間で、その皆勤を奨励する必要性に相違はなく、正社員に精勤手当を支給する一方で、嘱託乗務員にこれを支給しないという労働条件の相違は、労契法20条にいう不合理と認められるものに当たる。これに関連して、嘱託乗務員の時間外手当の計算の基礎に精勤手当が含まれないという労働条件の相違は労契法20条にいう不合理と認められるものに当たる。したがって、上記取扱いによりAらが被った損害について、Yほ不法行為に基づく損害賠償責任を負う。
 これに対して、正社員に対して能率給・職務給を支給すること、住宅手当・家族手当を支給すること、基本給の5カ月分の賞与を支給すること(他方で、嘱託乗務員にはこれらが支給されないこと)は労契法20条にいう不合理と認められないとされた。嘱託乗務員も、正社員と同様に会社の業務の都合により勤務場所・担当業務を変更することがあるにもかかわらず、住宅手当の嘱託乗務員への不支給は不合理ではないとされたのである。
 なお、原判決中、超勤手当(時間外手当)に関するAらの予備的請求については、Aらの時間外手当の計算の基礎に精勤手当が含まれなかったことによる損害および額につき更に審理を尽くさせる必要があるとして高裁に差し戻した。
 結局、大枠のところで、定年で退職した後の再雇用者の事例についての事情をも考慮した原判決が是認されたことになる。

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