1135号 労働判例 「イクヌ−ザ事件」
              (東京地裁  平成29年10月16日 判決)
月80時間の時間外労働が違法ではないとされ、その時間外労働に対する
基本給組込み型の固定残業代が有効とされた事例
基本給組込み型の固定残業代の有効性

 解 説
 〈事実の概要〉

 本件は、アクセサリ−や貴金属製品等の企画、製造、販売等を行う株式会社Y(被告)に雇用され、平成27年5月に退職したYの正社員であったX(原告)が、Yに対して、基本給に組み込まれていたとされる月80時間の時間外労働に対する固定残業代(入社時から平成26年4月の支払い分までは、8万8000円、同年5月以降は9万9400円)は、無効である等と主張して、時間外労働および深夜労働に係る割増賃金およびこれに対する遅延損害金、付加金(労基法114条)の支払いを求めたものである。なお、雇用契約では、Xの賃金は23万円(平成26年4月16日以降は26万円)とされていたが、Yの主張では、Xの基礎賃金額は、23万円から固定残業代8万8000円を控除した14万2000円(平成26年1月から同年4月支払い分)、1ヵ月の平均所定労働時間数161・6時間、となっている。
 本件の争点とされたのは、@時間外労働および深夜労働の有無、その時間数、A固定残業代の定めの有無およびその効力、B時間外労働および深夜割増賃金の算定の基礎となる所定労働時間数、賃金額、C未払い時間外、深夜労働に係る割増賃金の存否およびその額、D付加金の支払いの要否およびその額である。
 〈判決の要旨〉
 裁判所の判断は次のとおりである。Xは、固定残業代の定めが有効とされるためには、その旨が雇用契約上、明確にされていなければならず、また給与支給時にも固定残業代の額とその対象となる時間外労働時間数が明示されていなければならないところ、Xが受領した給与明細には、基本給に含まれる固定残業代の額およびその対象となる時間外労働時間数が記載されておらず、通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外労働の割増賃金に当たる部分を判別できないと主張するが、裁判所の事実認定によれば、Yは、本件雇用契約における基本給に月80時間分の固定残業代(8万8000円ないし9万9400円)が含まれていることについては、本件雇用契約書ないし本件年俸通知書で明示していて、給与明細においても、時間外労働時間数を明記し、80時間を超える時間外労働については、時間外割増賃金を支払っていることが認められ、基本給のうち、通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外労働の割増賃金に当たる部分とを明確に区分することができるから、Xの主張は採用することができない。
 さらに、Xは、Yが主張する固定残業代の対象となる時間外労働時間数は、厚生労働省の告示が定める限度時間(1か月45時間)を大幅に超えるとともに、いわゆる過労死ラインとされる時間外労働時間数(1か月80時間)に匹敵するものであるから、かかる固定残業代の定めは公序良俗に反し無効であると主張するが、1か月80時間の時間外労働が上記限度時間を大幅に超えるものであり、労働者の健康上の問題があるとしても、固定残業代の定め対象となる時間外労働時間数の定めと実際の時間外労働時間数とは常に一致するものではなく、固定残業代における時間外労働時間数の定めが1か月80時間であることから、直ちに当該固定残業代の定めが公序良俗に反すると解することはできない、としている。
 以上の点から、本件雇用契約における固定残業代の定めは有効であるとするのが本判決の結論であるが、固定残業代の定めを違法とする裁判例が続いていたなかで、それを、通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外労働の割増賃金に当たる部分を判別できるとする、いわゆる明確区分性を認めて有効とする本件事例は注目される。また固定残業代における時間外労働時間数の定めが1か月80時間であることから、直ちに当該固定残業代の定めが公序良俗に反すると解することはできないとする点も異論のあるところであろう。

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