1133号 労働判例 「福祉事業者A苑事件」
              (京都地裁 平成29年3月30日 判決)
求人票記載の労働条件が、特段の事情のないかぎり、労働契約の内容になるとされた事例
求人票記載の労働条件の意義

 解 説
 〈事実の概要〉

 Y社(被告)は、従前から接骨院を営んでいたが、これに加えて児童デイサ−ビスAという名称の事業所で障害児童に対する放課後デイサ−ビス事業を行うこととし、平成26年3月1日から本件事業所を開設した。そのため本件事業所の管理責任者を新に求人する必要が生じた。この求人について管理責任者は、ハロ−ワ−クを通じて求人することとして求人票を作成した。それによれば、職種:管理責任者(療育・介護)、仕事内容:放課後デイサ−ビス事業における障がい児童に対する療育・介護等(平成26年3月オ−プン予定の新しい施設)、雇用形態:正社員、雇用期間:雇用期間の定めなし・平成26年2月−、賃金:基本給月額25万円、月平均労働日数21・8日、定年制なし、就業規則:なし、とされていた。
 X(原告)は、平成26年1月の時点で64歳であった男性であるが、その当時、E運送の仕事に従事しながら、ヘルパ−2級の資格を持ち、2つの施設で老人介護の仕事(夜勤)にも従事していた。Xは、ハロ−ワ−クで本件の求人票を閲覧し、給料が25万円であることと定年制がないことに魅力を感じ、同月17日に、Y社代表者およびC取締役の面接を受けた。面接において、Xが求人票のとおり定年制がないことについて質問したところ、Y社代表者は、まだ決めていないと回答した。その際に、労働契約の期間の定めの有無や労働契約の始期については特にやりとりはなされなかった。この面接後、Y社は、Xに採用する旨を連絡するとともに、ハロ−ワ−クに、雇用予定日を同年3月1日とする選考結果通知を提出した。Xは、本件求人票に記載された就業予定日である平成26年2月1日が近づいても労働契約書が作成されなかったことから危険を感じ、従前の就業先のうち一部だけ退職するにとどめていたが、他方、Y社は、本件事業所の開設前の同月中は業務があまりなく、他の就業予定の従業員については時給850円でのパ−トタイム勤務としていたことから、Xについても同様とすることとした。その後、Y社は、平成26年3月1日からのXの労働条件について、D社会保険労務士からの助言を受けて、1年間の有期契約・65歳定年制とすることにし、次のような内容の労働条件通知書を作成した。それによれば、契約期間:期間の定めあり(平成26年3月1日−平成27年2月28日)・更新する場合がある、賃金:25万円(サ−ビス管理者分3万円・基本22万円、通勤手当4100円)、定年制:有(65歳)とされ、この裏面には、不動文字で「本件通知書に記された労働条件について承諾します」「本件通知書を本日受領しました」と記されていた。
 平成26年3月1日、本件事業所が開設され、Xは他の就業先を退職し、フルタイムでの勤務を開始した。Y社代表者は、Xの就労開始後である、同日午後3時ころ、Xに対して本件労働条件通知書を提示して説明した。Xは、すでに他の就業先を退職してY社に就職した以上、これを拒否すると仕事が完全になくなり、収入を断たれると考え、特に内容に意を払わずに、その裏面に署名押印した。
 本件は、被告Y社が、平成27年1月27日、Xに対して、同年2月28日限りでの契約終了を告知したことから、Xが、主位的には、XY間には期間の定めのない労働契約があったのであり、Yがした解雇(上記契約終了の告知)は無効であるとして地位確認等を求めるとともに、予備的には、XY間の労働契約が期間の定めのあるものであっても、Y社がした雇止めは無効であり、従前の契約が更新されたと主張したものである。
 本件の最も大きな争点は、求人票記載の労働条件が、労働契約の内容になるかどうかである。
 〈判決の要旨〉
 
裁判所は、次のように判旨する。すなわち、求人票は、求人者が労働条件を明示した上で、求職者の雇用契約締結の申込みを誘引するもので、求職者は当然、求人票記載の労働条件が、労働契約の内容になることを前提に雇用契約締結の申込みをするのであるから、求人票記載の労働条件は、当事者間においてこれと異なる別段の合意をするなどの特段の事情のないかぎり、雇用契約の内容になる、と。そして、本件求人票には定年制なしと記載されていた上、定年制はその旨の合意をしない限り労働契約の内容とはならないのであるから、求人票の記載と異なり定年制があることを明確にしないまま採用通知をした以上定年制のない労働契約が成立した認めるのが相当である、と。なお、先にY社代表者が提示した労働条件通知書には、先に成立を認定した労働契約の変更を主張する趣旨が含まれるとして、その点を検討するが(山梨県民信用組合事件・最2小判平成28・2・19の判旨参照)、Xの署名押印があったとしても、それによる労働条件の変更についてXの同意があったと認めることはできないとして、この点も斥けている。 
 求人票記載の労働条件について、求人側の安易な態度に警鐘をならす注目すべき判例である。平成26年1月の時点で64歳であった者について、65歳定年制というのも、おかしな話である。         

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