1128号 労働判例 「半田労基署長事件」
              (名古屋高裁 平成29年2月23日 判決)
発症前1カ月の時間外労働が新認定基準の要件に満たないが過重負荷を認めて業務起因性を肯定した事例
新認定基準の要件の意義

 解 説
 〈事実の概要〉

 本件は、貨物運送業務や自動車用品の取付け業務等を営むT社に勤務していたA(30代、男性)が心臓疾患 (致死性不正脈による心停止)により死亡したことにつき、Aの妻であるX(原告、控訴人)が、Aの死亡はTの業務による過重負荷が原因であり業務起因性を肯定すべきであるとして労災保険給付の不支給処分をしていたY(被告、被控訴人)に対して当該不支給処分の取消を求めたものである。
 Aは当初T社にアルバイトとして採用されたが、同社の横浜工場での3か月の研修を経て平成16年1月にTに正社員として採用され、輸出用自動車のオプション部品取付業務に従事してきた。Aは平成23年9月27日、自宅寝室で冷たくなった状態で発見され病院に搬送されたが心肺停止の状態でり、死亡が確認された。なお、Aは精神科受診歴があり、うつ病により通院しており、不眠症(早期覚醒)があった。
 原審(名古屋地判)は、Aの死亡を虚血性心疾患のうちの心停止(心臓突然死を含む)とした上で、発症前1か月の時間外労働が85時間48分であり、認定基準において業務と発症との関連性が強いと評価される100時間程度には至っていない、発症前6か月の時間外労働時間数も本件疾病発症との関連性を有する程度に長時間であったとはいえない、Aがうつ病による早期覚醒およびそれに伴う自律神経のバランスを崩したことによって持病であるブルガダ症候群の症状を悪化させた可能性がある等と述べて、業務起因性を否定した。これも対してXが控訴。
 〈判決の要旨〉
 名古屋高裁は、次のように述べる。@長時間労働は、脳・心臓疾患のリスクを2ー3倍増加させるものであって、1日6時間程度の睡眠が確保できない状態とはおおむね80時間を超える時間外労働が想定される、AAの発症前6か月の就労状況からすれば、最も考慮すべき要因は発症前1か月の時間外労働(時間数は85時間48分)であり、発症前1か月の時間外労働時間数だけでも、脳・心臓疾患に対する影響が発現する程度の過重な労働負荷といえる、B時間外労働による負荷にうつ病による早期覚醒の症状が加わって、さらに睡眠時間が減少したと認められるが、1日に5時間の睡眠が確保できない状態はすべての報告で脳・心臓疾患の発症との関連性に有意性が認められる状態で、うつ病に罹患していない労働者が100時間を超える時間外労働をしたのに匹敵する過重な労働負荷を受けたものと認められる、等と述べ業務起因性を肯定した。なお過労死認定基準について、就労態様による負荷要因や疲労の蓄積をもたらす長時間労働のおおまかな、かつこれを満たせば確実に労災と認定し得る目安を示すことによって業務の過重性の評価が迅速・適正に行えるように配慮して設定されたもので、その基準を満たさないことが業務起因性を肯定する余地がないことを意味するものではない、としている。
 Y(被告、被控訴人)は、通常の労働者が平均的に保有している基礎疾患とそれ以外に基礎疾患を区別して考えるべきであり、精神疾患を心疾患の基礎疾病と捉えるべきではないとする医師の意見(Yの上記の主張を前提として)も出されているが、労災保険制度の基礎となる危険責任の法理に照らして相当でないとされている。
 Aのうつ病による早期覚醒、ブルガダ症候群の症状など業務外の要因をどのように評価すべきか難しい課題を提示する裁判例である。

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