1127号 労働判例 「国際自動車事件」
              (最高裁第3小法廷 平成29年2月28日 判決)
歩合給の算定に当たり残業手当を控除する賃金規定は民法90条により無効とし
控除していた割増賃金の支払いを命じていた原審が破棄され差し戻された事例
歩合給の算定に当たり残業手当を控除する賃金規定の有効性

 解 説
 〈事実の概要〉

 本件は、Y社(タクシー会社)に勤務していたXら(乗務員14名)が、歩合給の算定に当たり残業手当を控除する賃金規定は民法90条等により無効であるとし控除されていた割増賃金等の支払いを求めた事例である。
 Y社のタクシー乗務員の賃金規則はおおむね次の通りになっていた。
@基本給 1乗務(15時間30分)当たり1万2500円(日給)
A服務手当(タクシーに乗務せず勤務した場合の賃金) 時間給で支給
 ・乗務しないことにつき従業員に責任がない場合 1200円
 ・従業員に責任がある場合 1000円
B交通費 非課税限度額の範囲で支給
C割増金 歩合給の計算式は次の通り
 ・深夜手当=総労働時間÷対象額A×0・25×深夜労働時間
 ・残業手当=総労働時間÷対象額A×0・25×残業時間
 ・公出手当=総労働時間÷対象額A×0・25×休日労働時間
   (法定休日労働の割増率は0・35)
D歩合給@=対象額A−{割増金(深夜手当、残業手当及び公出手当の合計)+交通費}E歩合給A=(所定内税抜揚高−34万1000円)×0・05
F対象額A:割増賃金及び歩合給を求めるための対象額Aを算出する計算式
 ={(所定内揚高−所定内基礎控除額)×0・53}+{(公出揚高−公出基礎控除額)×0・62}
 ・所定内基礎控除額は、所定就労日の1乗務の控除額(平日は原則2万9000円、土曜日は1万6300円、日曜祝日は1万3200円)に平日、土曜日及び日曜祝日の各乗務日を乗じて算出
 ・公出基礎控除額は、公出(所定乗務日数を超える出勤)の1乗務の控除額(平日は原則2万4100円、土曜日は1万1300円、日曜祝日は8200円)を用いて、所定内基礎控除額と同様に算出
 Y社では、タクシー乗務員の賃金を上記のように、極めて複雑な計算式を用いて算出していたが、本件の争点は、@本件規定のうち、歩合給の計算に当たり対象額Aから割増金相当額を控除する部分の定めが無効であり、Y社はXらに控除した割増金相当額の支払義務を負うか否か、A遅延損害金の利率(6%か、賃金確保法の14・6%か)、B付加金の支払いを命じることの可否および相当性、である。
 原審(東京高判平成27・7・16)は、次のように述べてXらの未払賃金の請求を一部認容した。すなわち、労基法37条は、基本給が歩合給・出来高払いの場合を除外しておらず、使用者に割増賃金の支払いを強制することで労働者の時間外労働を抑制するという同条の趣旨は歩合給・出来高払いのタクシー乗務員との労働契約でも妥当する、本件規定は、揚高が同額である限り、時間外労働をしていた場合もしていなかった場合も乗務員に支払われる賃金は同額になるから法37条の規制を僭脱するものであり無効等とした。 これに対してYが上告。
 〈判決の要旨〉
 最高裁は、労基法37条等の規定は、同条等で定められた方法により算出された額を下回らない額の割増賃金の支払いを義務づけるにとどまり、使用者に対して、労働契約における割増賃金の定めを労基法37条等に定められた算定方法と同一のものとし、これに基づいて割増賃金を支払うことを義務づけるものとは解されない等と述べて、原判決を破棄して原審に差し戻した。
 差戻審が、具体的な額をどのように算出するか、判断が待たれるところである。時間外労働があっても割増賃金が全く増えないというのは何だかおかしいということからすれば、直感的には原審及び1審の判断が素直なような気がするが、Y社がこのような複雑な計算式を用いて賃金を算出するに至った背景には、タクシー乗務員が、お客を乗せずに(タクシー会社からすれば稼がずに、ガソリンだけ消費して)いたずらに時間外労働だけを行い割増賃金を増加させるようなタクシー乗務を防ぐというような考慮が働いているようにも思われる。

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