1117号 労働判例 「TRUST事件」
              (東京地裁 平成29年1月31日 判決)
建築物の測量等を主たる業務とする会社の正社員の、妊娠が判明したことを契機としてなされたとする
退職合意が否定された事例
妊娠の判明と退職合意の有無

 解 説
 〈事実の概要〉

 本件は、建築測量等を業とするY社(被告)に勤務し、建築測量や墨出し工事等に従事していたX(原告)が妊娠の判明によりY社の代表者乙山(以下乙山)の勧めで派遣会社に登録したことで退職合意があったとするY社に対して、労働契約上の地位確認を求めるとともに、民法536条2項に基づく賃金の支払い等を求めたものである。
 Xは、建築現場で測量業務や実寸の設計図を引く墨出し工事等に従事していたが、平成27年1月15日以降、インフルエンザにより休暇を取得していた。その休暇中の同月21日に妊娠が判明した。そこでXが乙山および直属の上司と連絡を取り合ったところ、墨出し等の現場業務の継続は難しいとの話になり、乙山が生活保障的な代替手段として派遣会社への派遣登録を提案した(当該派遣会社も乙山が代表を務めている)。Xは、それを受け入れ、インフルエンザによる休暇以降は出勤することはなかった。なお派遣先での勤務は平成27年2月6日の1日間のみであった。なお、Yでは就業規則上、副業は禁止されていたが、Xは、Yでの就労中にY以外で就労して賃金を得ていた。Yで不就労となった期間にもこうした副業的な就労による収入があった。
 XからYに退職届は提出されていないが、平成27年6月10日になってXは乙山から退職扱いになっている旨の連絡を受けた。翌日にXがY社の離職票の発行を請求したところ、退職理由を一身上の都合とする離職証明書と離職票が送付されたことから、同年7月、Y社に対して自主退職していない旨の見解を示した。その後、Xは、Yに対して労働契約上の地位確認を求めるとともに、民法536条2項に基づく賃金の支払い等を求める訴えを提起した。
 争点は、(1)退職合意の有無と(2)Xの賃金請求権の存否である。
 〈判決の要旨〉
 裁判所は、(1)退職合意について、次のように判示する。すなわち、退職は一般的に労働者に不利な影響をもたらすところ、均等法1条、2条、9条3項の趣旨に照らすと、女性労働者につき妊娠中の退職の合意があったか否かについては、特に当該労働者が「自由な意思に基づいて合意したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか」を慎重に判断する必要があるとした上で、@乙山から退職扱いになっている旨の連絡を受けて初めて離職票の提供を請求した上で自主退職ではないとの認識を示している、AYの主張を前提としても退職合意があったとされる時に、YはXの産後についてなんら言及していないこと、BXは産後の復帰可能性のない退職であると実質的に理解する契機がなかった、CXにはYに残るか退職の上、派遣登録するかを検討するための情報がなかった点において、自由な意思に基づく選択があったとはいえないと結論付けている。
 (2)のXの賃金請求権の存否については、@Yから休職についての説明があった、また基準法64条の3により妊娠中に・・・危険な勤務をさせることは禁止されており、妊娠 中のXに現場作業をさせないことに客観的、合理的な理由はあった。またYにおけるXの給与は日給月給制で勤務がなければ給与が発生しないことはXとしても理解できたのであり、Xとしては当分の間は派遣先で働き、出産後にYの職場に復帰する意図を有していたことが認められるから、平成27年1月15日以降は休職とする合意があった、A平成27年6月10日以降についてみると、XはY以外でも勤務を行っており、インフルエンザ、妊娠以外にYから就労不能事由の主張はなく、Y社の責任でXの職場復帰が確定的に不可能となり、労務提供ができない状態になったのであり、民法536条2項に基づき賃金債権が発生する。ただし、産前の6日分、産後の56日分は、賃金債権が発生しない。
 なお、中間収入の控除についても興味深い判断を示している。

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