1115号 労働判例 「野村證券事件」
              (東京地裁 平成28年3月31日 判決)
同業他社に転職した場合には返還する旨の合意に基づいて、同業他社に転職したとして
元従業員に対して行われた退職加算金の会社からの返還請求が認められた事例
同業他社への転職と退職加算金の返還合意
  解 説

 〈事実の概要〉
 本件は、金融商品取引業を営む会社X(原告)が、同業他社に転職した場合には返還する旨の合意をしていた元従業員Y(被告)に対して、同業他社に転職したとして退職加算金の返還を請求し、認められたものである。
 Xには、セカンドライフ支援退職金制度があり、50歳以上59歳未満で自己都合で退職する総合職に対し、会社の承認を条件として、通常の退職慰労金に加えて、退職加算金を支給する制度が設けられていた。当制度は、社内向けの人事ポータルサイトに掲載され、従業員に周知されていた。承認しない場合としては、同業他社に転職する場合、業務上著しい不都合が見込まれる場合等とされ、承認が取り消される場合として、当制度の趣旨に反する事実が判明した場合等とされていた。「よくある質問とその回答」として、(Q)同業他社とは?、(A)当社が行う業務と同様の業務を一部でも行う会社とされ、例として証券会社、銀行、生損保、資産運用会社等が挙げられていた。同業他社に転職したことが判明した場合、退職加算金(源泉税額を含む)を返還するとされ、疑義がある場合は、事前に相談とされていた。
 Yは、平成24年7月2日に、本件制度の利用を申請し、人事担当者と面談し、家族の介護が退職理由であるとしていた。同月5日、本件制度の利用が承認され、翌日6日に退職届と誓約書が出されたが、誓約書には、同業他社に転職しXから請求された場合、退職加算金相当額を返還する旨の記載があった。Yは、通常の退職慰労金の一部の一時金として1568万円余に加えて、退職加算金として1008万円を受け取った。退職後、Yは、ホームセンターを経営するダイキ(株)の顧問に就任し、約1年8ヵ月勤務したが、平成26年4月14日、高木証券の資産コンサルティング部長に就任した。高木証券は、Xの完全親会社である野村HDが株式の30・8%を間接所有していた証券会社である。
 争点は、@は、高木証券は本件返還合意の同業他社に当たるか、A本件返還合意は公序良俗に反して無効であるか、等である。なお、X(原告)は、高木証券はX(原告)と同じ金融商品取引業を営む証券会社であり、原告との間に一定の資本関係はあるものの、業務提携をしているわけではなく、それぞれ独立した立場で金融商品取引業を営んでおり、営業上競合することがある旨主張していた。これに対して、Y(被告)は、原告と密接な関係を有するグループ会社である高木証券は、同業他社に当たらないと主張していた。
 〈判決の要旨〉
 裁判所は、@について、原告の人事ポータルサイトのおける解釈に沿って、高木証券は同業他社に当たるとした。また、高木証券をYに紹介したCの見解からも、原告と競合関係にある会社であるとしている。Aについて、Y(被告)は、本件返還合意は、Yの退職後の職業選択の自由を制約するものである等、主張していたが、裁判所は、本件制度を利用するか否かは従業員の自由な判断に任されており、返還合意を望まなければ本件制度を利用しなければよい(Yは、自ら利用を申請したのであり、強制されたものではない)、返還合意は、従業員に対して同業他社に転職しない旨の義務を負わせるものではなく、同業他社に転職した場合の返還義務を定めるにとどまるものである、通常の自己都合退職の場合に行われる退職慰労金の減額が行われないのであるから、退職加算金の支給を考慮しなくても、通常の退職より従業員に有利な選択肢である、本件制度の返還合意だけを取り上げ、これが、Yの退職後の職業選択の自由を制約する競業禁止の合意であると評価することはできない、転職が禁止される期間や、同業他社の地域的限定が付されていないことを考慮しても、本件合意を公序良俗に反するとは認められない、とした。
 Yの立場からすれば、高木証券は、原告と同じグループに属しており、また、仕事を何か考えるとすれば、よく知った証券業務関連ということであろうが、返還合意を望まなければ本件制度を利用しなければよいということである。本件合意を競業禁止と捉えることは無理であろう。

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