1114号 労働判例 「ケー・アイ・エス事件」
              (東京高裁 平成28年11月30日 判決)
労災民訴で業務上災害認定が否定され、労基法19条の適用が否定された事例
事実認定と労基法19条の適用

 解 説
 〈事実の概要〉
 本件は、Y(被告会社)の従業員であったX(原告)が、腰痛を発症し、これが悪化して就労不能となりYを休職していたところ、所定の休職期間が経過した後にYから退職扱いされたため、上記Xの腰痛はYにおいて重量物を持ち上げる作業が原因で発症したものであり、Yによる退職扱いは労基法19条に違反して無効であるとして、Yに対して、雇用契約上の地位の確認を求めるとともに、Yに安全配慮義務があったとして損害賠償等を求めたものである。原審(東京地判平成28・6・15労経速2296号17頁)は、Xが極めて重いコンテナ容器(原料と容器を合わせて最大250sに達する)を中腰で持ち上げて傾ける方法により殺菌器内にスパイス原料を投入する作業を行っていたことにより腰痛を悪化させたものであるとして業務起因性が認められ(労働省は、腰痛対策として、18歳以上の男子労働者は、人力のみによる取り扱う重量は55s以下にすること等を定めていた)、Yによる退職扱いは労基法19条1項に違反して無効であるとして、Xの雇用契約上の地位の権利を認めるとともに、Yの損害賠償責任を認めた(Xの腰痛の経緯を踏まえて2割の過失相殺)。これに対してYが控訴していた。
 控訴審では、事実認定で、Xの腰痛は、小学6年生の頃に陸上競技の練習が原因で発症したもので、以来慢性的な腰痛を抱えながら生活していたが、Yに入社して6年半ほど経ったころ、約10年ぶりにサッカーを行った際に突然歩行に苦しむほどの腰痛を発症し、その後座ったときに弱い痛みが続くなどの症状が出ていた。その一方で、Xは、平成19年末または20年初め自ら希望して本件の作業を手伝うようになったが、平成22年7月、自転車通勤中に転倒し左鎖骨骨折のケガを負った。この頃からXは、自らの腰痛の原因が本件作業によるものであると主張するようになった。平成23年1月からXは私傷病休職に入ったが、その後半年間の休職期間延長を経て期間が満了したことを理由に平成24年1月20日をもって退職扱いとなった(Xからの復職の申し出はなかった)。
 本件の争点は、Xの腰痛の発症おうおび悪化が業務に起因するものか否かである。なお、Xの腰痛については、平成25年10月1日、舟橋労基署長により労災保険給付の支給決定が行われている。
 〈判決の要旨〉
 Xは、本件作業について、中腰の姿勢でコンテナ容器の下端部に両手を持ち上げて傾ける方法を取っていたと主張する。しかしながら、約230sの原料入りのコンテナ容器の下端部に両手をかけて持ち上げて、コンテナ容器を傾けるためには少なくとも115sを持ち上げる力を必要となるが、Y社製造部門の従業員はもとより、小柄で細身のXにおいても上記方法でコンテナ容器を傾けることは物理的に不可能であり、Xの主張は採用できない。本件作業は、キャスター付きのコンテナ容器を両手で押して勢いをつけて段差部分に衝突させ、その際の衝撃を利用してコンテナ容器を傾け、スパイス原料を殺菌機に投入する態様であったとした。
 他方、本件作業の態様は、Xの体格を基準としても過重なものであったとはいえない、として、@Xよりも多数回、本件作業に従事していた従業員に本件作業を原因とする腰痛を訴えた者がいないこと、AX自身も、少なくとも平成20年当時、自らの腰痛の原因が本件作業であると訴えていなかったことによって裏付けられる。したがって、Xの腰痛の原因が本件作業によるものとはいえず、Xの休職は私傷病による休職であったということになるから、労基法19条の適用はない。そしてXは、Yによる休職期間延長、面談機会の設定にもかかわらず、復職等を申し出ることもなかったのであり、自然退職を無効と解すべき事情もない。したがって、Xは、平成24年1月20日の休職期間満了をもって雇用契約上の権利を有する地位を喪失した。
 安全配慮義務違反、不法行為も成立しない。
 上記のようにXの請求は控訴審で認められなかったが、だからといってXの舟橋労基署長により行われた労災保険給付の支給決定が取り消されるわけではない。

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