1109号 労働判例 「トヨタ自動車事件」
              (名古屋高裁 平成28年9月28日 判決)
事務職であった者に対して定年再雇用後の職種として清掃業務等の提示をしたことが違法とされた事例
定年再雇用後の業務提示と適法性
  解 説

 〈事実の概要〉
 本件は、事務職であった者の60歳定年退職後に、再雇用後の職種として清掃業務等の提示をしたことの適法性が争われた事例である。
 X(原告)は、大学卒業後、Y(被告)に入社し(昭和28年生まれ)、定年までデスクワ−クを主体に事務職に従事してきたが、60歳定年退職後に、再雇用後の職種としてシュレダ−機ごみ交換および清掃業務等の提示を受けた。
 なお、平成24年の高齢年齢者雇用安定法(高年法)の改正によって、同法旧9条2項で定められていた継続雇用対象者を労使協定で定める基準で限定できる仕組みが廃止され、継続雇用制度の導入に当たっては、希望者全員を対象としなければならなくなった(施行は平成25年4月1日)。もっとも、改正附則で、一定の猶予・経過措置が設けられており、旧9条2項の規定は、一定の年齢の者については平成37年3月31日まで効力を有することとされた。
 Yにおいては、平成24年10月2日から平成25年10月1日までの間に60歳に達して定年退職を迎える従業員について、再雇用の選定基準を満たした者は、定年後再雇用者就業規則に定める職種を提示し、この職種に就く再雇用者はスキルドパ−トナ−と呼ばれた(雇用期間は最長5年)。これに対して、基準を満たさない者は、パ−トタイマ−就業規則に定める職種を提示することとされていた(雇用期間は1年で契約更新はない)。Xは、スキルドパ−トナ−としての職務を提示する者の基準として定められている基準(選定基準)を満たさないとして(平成24年度の職能考課が5段階評価の最低の「E」であった等)、定年退職後にスキルドパ−トナ−として再雇用されなかった。
 このことについて、Xが、@Yにおける再雇用の選定基準が不相当であり、高年法9条1項に反している状態であるから、同条項に基づいて再雇用の希望のある従業員が満65歳に至るまでの雇用を確保すべきである、AYに再雇用の選定手続きの違反がある、BYは、再雇用の選定基準を満たしているXの再雇用を拒否できないことを理由に、Xに対する再雇用拒否の通告は無効であるとして、XY間にスキルドパ−トナ−としての再雇用契約に基づいて、Xが雇用契約上の権利を有することの確認、慰謝料(損害賠償)等を求めて訴えを提起したのが本件である(なお、Yの代表取締役であるBに対する訴訟については省略)。
 これに対して原判決は、Xの請求をいずれも棄却したが、@について、本件選定基準(特に勤務態度基準)は不相当であるといえない、A手続き違背の主張も採用できない、B平成24年度の職能考課が5段階評価の最低の「E」であることから、Xは再雇用の選定基準を満たしていないから、Yによる再雇用拒否が権利の濫用とは言えない、とした。Xは控訴
 〈判決の要旨〉
 裁判所は、改正高年法の意義について、次のように述べる。すなわち、「改正高年法は、継続雇用の対象者を労使協定の定める基準で限定できる仕組みが廃止される一方、従前から労使協定で同基準を定めていた事業者については当該仕組みを残すこととしたものであるが、老齢厚生年金の報酬比例部分の支給開始年齢が引き上げられることにより(老齢厚生年金の定額部分の支給開始年齢は先行して引上げが行われている。)60歳の定年後、再雇用されない男性の一部に無年金・無収入の期間が生じるおそれがあることから、この空白期間を埋めて無年金・無収入の期間の発生を防ぐために、老齢厚生年金の報酬比例部分の受給打開始年齢に到達した以降の者に限定して、労使協定で定める基準を用いることができるとしたものと考えられる。」「そうすると、事業者においては、労使協定で定める基準を満たさない61歳以降の継続雇用が認められない従業員についても、60歳から61歳までの1年間は、その全員に対して継続雇用の機会を適正に与えるべきであって、・・・・・・提示した労働条件が[改正法の趣旨に照らして]到底容認できないような定額給与水準であったり、社会通念に照らして当該労働者にとって到底受け入れ難いような職務内容を提示するなど実質的に継続雇用の機会を与えたとは認められない場合においては改正高年法の趣旨に明らかに反するものであるといわざるを得ない。」これを本件についてみると、Yの提示した業務内容は、・・・・・・従前の職務全般について適格性を欠くなど通常解雇に相当する事情がない限り、そのような業務内容を提示することは許されない。結局、Yがいかなる事務職の業務についてもそれに耐えられないなど通常解雇に相当するような事情が認められない限り、改正高年法の趣旨に反する違法なものである。しかも、Yは、わが国有数の巨大企業であり、事務職としての業務には多種多様なものがあると考えられるにもかかわらず、・・・・・・他の事務作業を行うことなど、清掃業務以外に提示できる業務があるか否かについて十分な検討を行ったとは認めがたい。あえてXが屈辱感を覚えるような業務を提示して、Xが定年退職せざるを得ないように仕向けたとの疑いさえ生じるところである。そのように述べて、不法行為に基づく慰謝料として127万5000円を認容している。
 改正高年法の趣旨を考える上で、参考になる判旨である。

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