1108号 「O公立大学法人(O大学・准教授)事件」
       (京都地裁 平成28年3月29日 判決)
アスペルガ−症候群による行動等を理由とする解雇が労働契約法16条に反して無効とされた事例

アスペルガ−症候群による行動等を理由とする解雇の有効性
  解 説
 〈事実の概要〉
 本件は、公立大学法人であるYと労働契約を締結して准教授として勤務していたX(原告)が、その行動・態度に照らして大学教員としての適格性を欠くとして解雇されたことにつき、准教授としての本来的業務には支障は生じていないとして本件解雇は無効である等主張してY法人(被告)に対して、労働契約上の地位確認、損害賠償等を求めたものである。
 Xは、平成20年4月1日までにY公立大学法人との間で期間の定めのない労働契約を締結し准教授として勤務していたが、Yに採用されるに当たって、自らがアスペルガ−症候群であることを告知しなかった(平成20年3月にアスペルガ−症候群との診断を受けていた)。Xは、22年1月、C前学部長に、自分がアスペルガ−症候群であることを伝えた。23年4月に就任したD学長は、C前学部長から、Xがアスペルガ−症候群であることを伝えられた。Xの解雇に至る中での事実としては次の3点G挙げられる。@Xが、23年10月、生協職員に対して、声を荒げて抗議し、土下座による謝罪をさせたこと。Xは、大学の教務関係においては旧姓を使用していたが、他方で、生協の組合員加入は戸籍上の氏名でおこなっていたため、当該生協職員は、Xが生協職員でないと誤認して対応したことが発端である。AXが、大学構内で男子学生を指導しようとしたところ、暴力を振るわれたとして、同大学の関係者に連絡・相談することなく、その場で警察に通報したこと。Xは、後日、同学生の担任の教員から同学生に謝罪をさせると伝えられたことからこれを待ったが、謝罪がされなかったことなどから、同学生を告訴した。BXが、告訴事件等に関連して精神的に追い詰められて、うつ状態が高じ、O医科大学附属病院に赴き、救急外来で精神科の受診を求めた際、持参していた果物ナイフで自らの手首を切ったこと。その際、病院からの通報で来た警察官に銃等法違反の嫌疑で現行犯逮捕された。なお、E学部長は、Xの配偶者からのメ−ルで、学部長や学生部長といった管理職がストレッサ−に指定され、Xとの間では、大学の教育方針や組織運営等の通常の職務上の事項でさえ意思疎通を図ることが著しく困難な状況に陥り、また教員会議の開催も困難となることから、Xの所属学部長として、D学長に調査報告書を提出するに至っている。その後、Y理事長が付議した審査委員会が最終的にXは解雇が相当である旨の議決を行っている。
 〈判決の要旨〉
 裁判所は、本件解雇につき、労働契約法16条が適用されるとした上で、次のように判示する。上記@の行為は、生じた影響の面からも軽微な問題であったとはいえないが、Xが自らの行動に問題があることを認識し、以後これを改善する機会が与えられることが無かった点が問題である。Aについて、Xの学生を告訴したという行動を過度に問題視することは相当でない。確かに、大学としてアスペルガ−症候群の教員を擁するのであれば、同教員に対する一定の配慮が必要となることは不可避であるが、Yは、本件解雇に至るまでに、Xが引き起こした問題の背景にアスペルガ−症候群が存在することを前提に解雇事由の判断を審査したり、Xの主治医に問い合せることもしていない。解雇以外に雇用を継続するための努力、障害者に関連する法令(障害者基本法19条2項、障害者雇用促進法36条の3等)の理念に沿った具体的方策を検討した形跡すらない。このような状況をもって、Xに対して行ってきた配慮がYの限界を超えたと評価することは困難である、と。したがって、労働契約法16条に照らして、本件解雇は客観的合理的理由を欠く者であって、無効である。
 なお、解雇およびこれに至る手続きに関する不法行為に基づく損害賠償はすべて斥けられている。
 原告のXさんは、極めて高い能力の持ち主のようである。このような人を解雇で切り捨てるのはある意味で簡単であるが、教育・研究の場でどのようにその能力を生かすかが問われているケ−スでもある。障害者に対する「合理的な配慮」の意義に関する決して容易ではない事例でもある。

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