1101号 労働判例 「社会福祉法人全国重症心身障害児(者)を守る会事件」
              (東京地裁 平成27年10月2日 判決)
育児短時間勤務制度を利用している女性労働者の昇給幅を
労働時間数に比例して縮小することが違法とされた事例
育児短時間勤務制度の利用による昇給幅の縮小と不利益取扱い

 解 説
 〈事実の概要〉
 本件は、Y法人(被告)と期間の定めのない労働契約を締結し、Y法人が運営している療育センタ−で理学療法士あるいは看護師として勤務しているXら3人の女性が、Yの定める1日6時間勤務の育児短時間勤務制度を利用していることで、労働者の昇給幅を労働時間数に比例して一律に縮小されたことが育児介護休業法(育休法)23条の2が禁止する不利益取扱いに該当し違法であるとして、上記昇給幅の縮小・抑制がなければ適用される号俸にあることの労働契約上の地位の確認等を求めていたものである。
 Y法人の昇給制度は、次の通りである。昇給は、給与規程に定める基準に従い決定されるが、たとえば、業績評価が「勤務成績が良好である職員 C」であれば、昇給号給数は4号給である。「勤務成績が特に良好である職員 B」の場合は6号給、「C」の場合は、4号給の昇給号俸数が定められている。
 Xらは、「B」「C」の評価を受けていたにもかかわらず(平成22年4月から1年)、短時間勤務を理由として一律に1日の労働時間数に応じた8分の6の号俸の適用を受けた(もっとも、Xらの基本給は、育児短時間勤務をしている間について、ノ−ワ−ク・ノ−ペイの原則に適用によって8分の6に減額されて支給されていたが、Xらはこれを争っていたわけではない)。Xらは、本来与えられるべき昇給の利益が与えられていないことを理由に訴えを提起したのである。
 争点は、@本件昇給抑制の違法性の有無、A@が違法無効であった場合のXらのあるべき号俸、BXらのあるべき号給に基づき支給されるべきであった給与と現に支給された給与との差額、CY法人のXらに対する不法行為責任の有無および損害額等である。
 〈判決の要旨〉
 裁判所は次のように判示する。まず@については、育休法23条の2は、強行規定として設けられたものであり、育児短時間勤務制度を利用していることを理由に解雇その他の不利益取扱いをすることは、それに違反をしないという合理的な特段の事情が存しない限り、同条に違反するものとして違法・無効である。また、本件昇給抑制は、本件制度の取得を理由として労働時間が短いことによる基本給の減額のほか、本来与えられるべき昇給の利益を不十分にしか与えないという形態により不利益取扱いをするものであり、育休法23条の2に違反する不利益取扱いである。
 Aについて次のように述べる。給与規程上、Y法人による昇給の決定という行為があってはじめて決定にかかる昇給を内容とする労働契約関係が形成されるが、Xらが請求するあるべき号俸はY法人において決定した事実はない(本件昇給抑制が違法ないし無効であるとしても、あるべき号俸への昇給であるとはいえない)。Bあるべき号俸数は、契約内容にはなっていないので、あるべき号俸数に対応する賃金請求権としての請求は認められないが、本件昇給抑制がXらに支給されるべきであった給与の差額は、不法行為責任に基づく損害賠償として認められる。また、本件昇給抑制の影響は退職時まで及ぶため、現時点で請求可能な填補を受けたとしても、損害は残るので、本件昇給抑制によりXらが被った精神的苦痛に対する慰謝料がXら各自に10万円の支払いが認められる。
 Xらは、「B」「C」の評価を受けていたのであり、本件昇給抑制措置が違法であれば、単純に8分の8になるだけの話のような気もする(単純に規程の昇給号俸数になる)ので給与の差額を、不法行為責任に基づく損害賠償として認めるのはやや迂遠な気がしないでもない。

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