1100号 労働判例 「元アイドルほか事件」
              (東京地裁 平成28年1月18日 判決)
芸能プロダクション会社からの異性交際禁止規約違反等を理由とする
損害賠償請求等が認められなかった事例
芸能プロダクションと元アイドルの契約

 解 説
 〈事実の概要〉
 本件は、芸能プロダクションX社(原告)が、契約を締結していたY1(元アイドルの女性、平成4年生まれで、アイドルグル−プBに所属して活動)、Y2・Y3(Y1の父母)、Y4(Y1のファンで、交際相手)を相手どって、逸失利益等、さらに交通費を詐取されたとしての損害賠償等を求めたものである。
 X社は、平成24年4月1日、X社に所属する女性アイドルY1(当時19歳9か月の未成年者)と、親権者Y2の同意の下、専属マネ−ジメント契約を締結していたが、Y1とそのファンであるY4とが交際を開始したこと(遅くとも平成25年12月頃から、男女関係あり)を契機として、イベント等への出演を一方的に放棄するなどしてX社に逸失利益等、764万円余の損害を生じさせたとして、本件契約の債務不履行または不法行為を理由に損害賠償等を求めた。
 Y1は、平成26年7月11日に、「安定しない収入で、親に迷惑かけたくないので、今年中にアイドルグル−プBを辞める」旨のメ−ルをX社に送った。同日、X社からは「辞める話は了解したが、時期については、X社の指示に従ってほしい。とにかく来年5月頃で卒業できるように調整するから、それまでは武道館めざして頑張るべし」とのメ−ルの返事を送った。しかし、Y1は、同年7月20日、C会場で開催された本件グル−プのライブに出演せず、その年8月16日までの間、X社からの連絡に応じなかった。なお、上記ライブはY1の出演なしに行われ、チケットの払戻しが求められることはなかった。このような状況の中で、Y1は、同年7月26日、内容証明郵便で、民法651条1項に基づき、2014(平成26)年7月11日をもって、業務委託契約を解除する旨の郵便をX社に送った。
 Y4は、平成26年8月・日、ブログで「X社から823万円余の請求が弁護士を通して届いています。その内訳を教えてほしい。また、交通費38万4000円を詐取したとの請求があるが、そのような事実はない。X社がY4にやくざを使って殺すと恐喝している」旨の内容を投稿した。
 本件の争点は、多岐にわたるが、@Y1に本件契約の債務不履行があるか、不法行為があるか、A本件契約は解除されたか、その効力がいつから生じたか。B本件契約が委任契約であった場合、Y1の解除は、X社の「不利な時期」になされたものか、その不利な時期に解除する「やむを得ない事由」があったか、CY1がY4と交際し本件グル−プの活動を停止したことによりX社に生じた損害はいくらか、DY1は、出演契約に当たり、上京したかのように装って交通費の支払いを受けたか、EX社は、Y1の報酬計算時にY1に支払った交通費相当額を差し引いたか、FY4は、Y1の債務不履行あるいは不法行為について共謀したか、GY2夫妻は、Y1の生活、活動状況について管理監督責任をX社に対して負うか、である。なお、X社は、平成25年5月31日から、翌年6月30日までの14ヵ月で報酬として108万円を支払っている(これ以外支払っていない)。
 〈判決の要旨〉
 裁判所は、以下にみるように、X社側の請求をすべて棄却した。本件契約においてY1は、X社の指示に従い従事する義務を負い、違反した場合には損害賠償義務を負うとされているのに対して、Y1の報酬額について具体的な基準が定められていない。本件契約は、Y1がX社に対してマネ−ジメントを依頼する契約ではなく、X社(原告)が、所属の芸能タレントとしてY1を抱え、X社の具体的な指揮命令の下にX社が決めた業務にY1を従事させることを内容とする雇用類似契約であったと評価するのが相当である。そうすると、Y1による解除の意思表示は、3年間という期間の定めのある雇用類似契約の解除とみることができるから、民法628条に基づきやむを得ない事由があった場合には本件契約を直ちに解除することができると評価するのが相当である。上に述べたように、Y1が14ヵ月で受けた報酬は合計で108万円であり、その算定根拠はX社がその都度自由に決めたものに過ぎない、報酬としていつ、いくら支払われるのかの保証もなかったのに対して、X社は、1ヵ月活動しなかったことを理由に300万円の損害賠償を請求している。本件契約は、ア−ティストのマネ−ジメントの体裁をとりながらY1に一方的に不利なものであり、Y1には、本件契約を直ちに解除すべきやむを得ない事由があったと評価できると。
 本件契約は、雇用契約類似の契約であるから、民法630条、620条前段から解除は将来に向ってのみ効力を生ずるし、内容証明郵便が原告に到達した時に解除の効力が生じたものである、Y1の債務不履行は7月20日から同月26日の7日間であり、Y1に一方的に不利な契約であるから27日以降の活動停止は権利行使と認められ、不法行為は認められない。
 判決が述べるように、本件で問題になった契約は、Y1に一方的に不利な契約であり、またア−ティストのマネ−ジメントの体裁をとりながら、その実、雇用類似の契約としてその指揮命令の下にX社が決めた業務にY1を従事させることを内容とするものであった。報酬の額も問題外である。いろいろ考えさせる興味深い判決である。

BACK