1095号 労働判例 「国・行橋労基署長事件」 (第一審判決は1042号参照)
              (最高裁第2小法廷 平成28年7月8日 判決)
会社の歓送迎会に参加した後、また会社に戻る際の交通事故が労働災害とされた事例
会社の歓送迎会参加後の交通事故と労働災害

 解 説
 〈事実の概要〉
 本件は、会社の歓送迎会に参加した後、再度、会社に戻る際の交通事故が労働災害とされた事例であるが、地裁、高裁(控訴審)ともに業務遂行性を否定して労働災害を認めなかったものが、最高裁で、一転、労働災害とされたことで大きな注目を集めたケ−スである。
 事件は、本件会社(金型の表面にクロムメッキをする事業を営む会社)の従業員Bが、会社の中国人研修生の歓送迎会に出席した後、業務のために会社所有の車を運転して会社に戻る際の交通事故(Bが対抗車線に新入して対抗車線を進行中の大型貨物自動車と衝突する事故)で死亡したことが労働災害に当たるか否かが争点となったものである。歓送迎会には、中国に戻る3人と新たに次に受け入れる2人の研修生らが参加、会社からはB以外の従業員が参加していた。Bには、12月8日提出期限で、D社長に提出すべき営業戦略資料を作成する業務があった。
 本件歓送迎会の後、当初は、E部長が本件研修生らをかれらのアパ−トまで送る予定であったが、Bが引き受けたものである。Bは、会社の総務課長に、本件歓送迎会の後、工場に戻って仕事をする旨伝えたところ、同課長から、「食うだけ食ったらすぐ帰れ」と言われ、隣に座った研修生からビ−ルを勧められた際は、これを断り、アルコ−ル飲料は飲まなかった。本件工場と本件アパ−トは、いずれも飲食店から南の方向にあり、本件工場と本件アパ−トの距離は約2キロメ−トルであった。、飲食代金は会社の福利厚生費から支払われた。
 原審は、上記の事実関係に基づいて、本件歓送迎会は、研修生との親睦を深めることを目的として、会社の従業員有志によって開催された私的な会合であり、Bがこれに中途から参加したことや、本件歓送迎会に付随する送迎のためにBが任意に行った運転行為が事業主である本件会社の支配下にあるものとは認められないとして本件事故によるBの死亡は業務上の事由によるものとはいえないとした。
 〈判決の要旨〉
 最高裁は、先例(最3小判昭和59年5月29日、裁判集民事142号183頁)を引用した上で、業務上の事由によるものというためには、その要件の一つとして、労働者が労働契約に基づいて事業主の支配下にある状態において当該災害が発生したことが必要であると述べ、本件については次の点を指摘する。本件事故は、D社長に提出すべき期限が翌日に迫った本件資料の作成業務を本件歓送迎会の開始時刻後も本件工場で行っていたBが、当該業務を一時中断して本件歓送迎会に途中から参加した後、当該業務を再開するため会社所有に係る本件車両を運転して本件工場に戻る際に、併せて本件研修生らを同乗させて本件アパ−トに向う途上で発生したものであるが、@Bが、本件資料の作成業務の途中で参加して再び工場に戻ることになったのは、社長業務を代行していたE部長から、本件歓送迎会への参加を個別に打診された際に本件資料の提出期限が翌日に迫っていることを理由に断ったにもかかわらず、「今日が最後だから」などとして本件歓送迎会に参加してほしい旨の強い意向を示される一方で、本件資料の提出期限を延期するなどの措置は執られず、むしろ本件歓送迎会の終了後には本件資料の作成業務にE部長も加わる旨を伝えられたためであった。Aそうすると、Bは、E部長の上記意向等により本件歓送迎会に参加しないわけにはいかない状況に置かれ、その結果、本件歓送迎会の終了後に当該業務を再開するために本件工場に戻ることを余儀なくされたもので、本件会社からみるとBに対して、職務上、上記の一連の行動を要請していたものということができる。Bは、本件事故の際になお会社の支配下にあったというべきであり、本件事故は業務上の事由による災害に当たると。
 本件歓送迎会の終了後に当該業務を再開するために本件工場に戻る必要があったことからすれば、通勤災害と認めるのが適切な事例とも思えるが、わが国の通勤災害の法的な要件は満たさない(ドイツでは、通勤災害と認められるであろう)。したがって、本件歓送迎会に業務遂行性が認められる必要があり、その場合は、事業所間の移動にも業務遂行性が存在することになる。本件歓送迎会の終了後の業務が歓送迎会に業務遂行性を賦与することになったともいえる。

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