1092号 労働判例 「X商事事件」
              (東京地裁 平成27年3月13日 判決)
産休中に退職扱いされ、育児休業後も復帰を妨げられたとして賃金を請求した事例
産休中の退職扱いと復職予定日以降の賃金請求権
  解 説

 〈事実の概要〉
 A(原告、X商事従業員、X商事は洋酒の輸入等を行う会社)は、平成24年5月16日から産休を取得し、同年6月17日に出産した。本件は、Aが育児休業後の復職予定日である翌平成25年6月17日以降Y社(被告、X商事)に出社できていないことについてYに帰責性がある旨主張し、@平成25年6月17日以降の賃金の支払いを求めるとともに、Yが産前産後休業中に退職通知を送付するなどした行為が違法であるとして不法行為に基づく損害賠償を求めた事例である。
 次の事実が認定されている。平成24年6月30日、退職金として現金3万2500円が同封された退職通知(以下「本件退職通知」)がYからAに送付されたが、その後、Yは、Aの退職扱いを取り消し、A宛てに育児休業許可通知書を送付した。平成25年5月1日、Aは東京都労働局にあっせんを申し出た。あっせん手続きにはYの人事担当者であるCが出席したが、あっせん手続きは1回の期日のみで不調により終了した。その後の交渉でも解決の見通しが立たなかったため、Aは、平成25年8月7日、労働審判を申立てた。最終的に出された審判は、労働契約を合意解約することを前提に、Aの給与の1年分に当たる312万円余の支払いをYに命じる内容であったため、Yが異議を申立てた。なお、YがAを退職扱いにした際の事実経過については、やや込み入っているが、当初、YがAを退職扱いにしたことは認定されている。
 争点は、@平成25年6月17日以降AがYに出社していないことにYに帰責性があるか、A平成24年6月以降のYのAに対する対応につき不法行為が成立するか、である。 
 〈判決の要旨〉
 裁判所は、次のように判示する。まず@について。Aが育児休暇を取得している以上、復職予定日に復職するのは当然であり、育児介護休業法4条、22条等に照らせば、Yは、事業者として育休後の就業が円滑に行われるように必要な措置を講じるように努める責務を負うと解されるところ、「YがAの復職を拒否し、又はAを解雇しようとそているとの認識をAに抱かせてもやむを得ない」ものであり、本書面到達後直ちに出社するように記載された通知書が送付するまでAに対し明確な指示をしているとは認められないので、通知書がAに到達する平成25年8月31日までの間のAの不就労については、Yに帰責性があるがあると評価される。この間の賃金については、民法536条2項の危険負担の法理に基づき、Aは賃金支払請求権を失わない。
 他方、本件通知書がXに到達した後について、AがYに出社しないことについては、合理的な理由はなく、Yに帰責性があるものとは認められない(平成25年6月からAは、家庭保育室に子を預けることができるように枠を確保していた)。
 Aについて。Yの一連の行為は、労基法19条1項および育児介護休業法10条に違反する行為であると評価できつものであり、退職扱いの取消しにより、違法な状態の継続は阻止されたというものの、当該行為自体の違法性がすべて阻却されるものとはいえないからとして、15万円の慰謝料を認容している。
 産前産後休業、育児休暇後の復職に関連するドタバタは、今でも少なくない中小企業で見られるところであり、人事労務管理上、注目されるべき事例である。

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