1089号 労働判例 「山梨県民信用組合事件」
              (最高裁第2小法廷 平成28年2月19日 判決)
就業規則の不利益変更に際して、従業員のそれに対する同意の有無は慎重に判断されるべきとされた事例
就業規則の不利益変更と労働者の同意

 解 説
 〈事実の概要〉
 Xらを雇用していた訴外A信用組合は、経営破綻を回避するために、平成15年1月、Y信用組合と合併した(Y信用組合は存続、いわゆる吸収合併)。AとYの理事からなる合併協議会は、本件合併後の退職給与規程(新規程)を了承したが、Aの本件合併当時の退職給与規程(旧規程)の退職給与規程を変更した。すなわち、退職金総額は、従前の2分の1になるとともに、退職金総額から厚生年金給付額が控除され、さらに企業年金還付金も控除されることになり、新規程の退職金額は、旧規程のそれより著しく低くなる(本件基準変更)。新規程は、本件合併の日に実施された。合併前の平成14年12月、Aの常務理事は、本件合併のときにAに在職する職員に、本件合併前からYの職員である者と同一水準の退職金を保障する旨記載された同意書案をAの職員説明会で職員に配布し、本件基準変更後の退職金の計算方法を説明した。この1週間後、Aの常務理事らは、本件基準変更の内容、新規程の支給基準の概要および本件合併後の労働条件がそのとおりになることに同意する旨記載された同意書(本件同意書)をXらの一部を含む管理職員に示して、これに同意しないと本件合併を実現できないなどと告げて本件同意書への署名押印を求めた。当該管理職員全員がこれに応じた。Yは、平成16年にさらに3つの信用協同組合と合併した(平成16年合併)。平成16年合併に先立ち、上記合併前の在職期間に係る退職金につき、基礎給与額にじょうじられる所定の係数が退職理由に応じて異なる場合には、自己都合退職の係数を用いるものとするなどの支給基準変更がなされ(平成16年基準変更)、Xらは書面上の新労働条件に同意した者の氏名欄におのおの署名した。Yは、平成21年4月から、平成16年合併後の新退職金制度を実施した。平成16年合併前の在職期間に係る退職金には、Xらの、本件基準変更および平成16年基準変更による変更後の支給基準が適用された結果、支給退職金額は0円になった。そこでXらは、旧規程に基づく退職金の支払いを求めて本訴を提起した。
 第1審は、請求を棄却した。原審は、Xらのうち管理職であった者は本件同意書の内容を理解した上で署名押印したのであるから、この署名押印により本件基準変更に同意したといえるなどとして、Xらの控訴を棄却した。本判決はXらの上告受理申立てにより、原判決を破棄して原審に差し戻した。
 〈判決の要旨〉
 最高裁は、次のように判示する。本件基準変更による不利益の内容および本件同意書への署名押印に至った経緯を踏まえると、管理職であったXらが、本件基準変更への同意をするか否かについて自ら検討し判断するために必要十分な情報を与えられていたというためには、同人らに対して、旧規程の支給基準を変更する必要性等についての情報提供や説明がなされるだけでは足らず、自己都合退職の場合には支給される退職金額が0円となる可能性が高くなることや、Yの従前からの職員に係る支給基準との姦計でも上記の同意書案の記載と異なり著しく均衡を欠く結果となることなど、本件基準変更により生じる具体的な不利益の内容や程度についても、情報提供や説明がなされる必要があった。原審ではこの点について十分な認定、考慮をしていない違法があるとして原判決を破棄して原審に差し戻したのである。
 署名押印がなされたとしても本当に同意していたかどうかは慎重に判断されなければならないということである。

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