1079号 「アンシス・ジャパン事件」
       (東京地裁 平成27年3月27日 判決)
2人体制の業務担当部署で、他方の労働者の言動により心身の健康を損うことにないように
配慮する義務が使用者にあるとされた事例

使用者の職場環境調整義務
  解 説
 〈事実の概要〉

 本件は、外資系IT企業(被告Y社)の技術部に在籍していた女性社員X(原告)が、同僚のCと2人体制で業務を担当していたところ、Cが、顧客や他の従業員とうまくコミュニケーションがとれないため、上司に改善を求めたにもかかわらず、結局退職せざるを得なくなったとして、Yに損害賠償を求めたものである。
 Xは、平成22年10月の入社当初、1年単位の契約社員として、インストレーションサポートエンジニアとしてCと2人体制で業務を担当したが、同年11月17日、Xがチームリーダーとなり、D部長から、Cへの仕事の割り振り、指導を指示された。この間、Cは、Xが依頼した仕事を拒否し、Xとの口論を繰り返した。平成23年7月以降、期間の定めのない社員となっていたが、平成23年8月18日、Xが、Cの問題行動をCにメールしただけではなく、それをD部長、技術部全員に一斉メール(CC)を送った。これについて、Cが、パワハラであるとして、社内のコンプライアンス委員会に訴えた。同年、9月、コンプライアンス委員会は、調査の結果「問題なし」と判断された。平成24年10月5日、Xは、「労働条件の向上と安全な職場環境を求める要望書」をB社長宛てに提出し、B社長から「検討して回答する」との返信をももらったが、結局その後回答はなかった。同年10月18日、Xは、D部長と面談して、Cと一緒に仕事をするのは不可能と訴えたが、部署異動等は年内は待ってほしいとの回答であった。同年12月26日、D部長から「Cが嫌いなのは分かるが、仕事上で影響が出たら他の選択肢はない。この会社を辞めるか、この状況で仕事をやるか」であると言われ、「自分から見たら何も変わっておらず、だれもフォローしてくれないのに責任だけ持たされるのは無責任である」と答えて、結局12月28日を最終出社日として退職を申し出、翌年2月6日付けで退職した。
 〈判決の要旨〉
 裁判所は、次のように判示している。まず、@使用者であるYは、その雇用社であるXに対し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負い、Xに対して業務上の指揮監督を行う権限を有するD部長は、Yの上記注意義務の内容に従ってXに対する指揮監督を行使する義務を負う、また、AXの業務負担の増加やXとCとの関係悪化の原因については、XおよびCの2人体制で、かつXがチームリーダーに指名されてインストルサポートを担当していたという業務遂行上の事情によるものと認めるのが相当であり、YはXに対し、これらの業務に伴い疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負う、そして、B2人体制で業務を担当する他方の同僚からパワハラで訴えられるという出来事(トラブル)は、客観的に見ても、Xに相当強い心理的負荷を与えたと認めるのが相当であり、X自身、Xをパワハラで訴えたCと一緒に仕事をするのは精神的にも非常に苦痛であり、不可能である旨繰り返しD部長らに訴えているのだから、Yは、Xに強い精神的負荷等が過度に蓄積しないように適切な対応を取るべきである、C具体的には、XなたはCを他部署へ配転してXとCとを業務上完全に分離するか、または少なくともCとの業務上の関わりを極力少なくし、Xに業務の負担が偏ることのない体制をとる必要があったというべきである、Dこの点、Xは、少なくともXのバックアップを技術部が担当することとする体制への変更を繰り返し要望しており、その方向でサポート体制を変更することが困難であったとは認めがたいし、D部長はかかる対応はとっておらず、この点についてD部長がその要否や代替策の有無等を十分検討していたとの事情はうかがわれない。結論として、Yは、使用者として負う注意義務違反によりXに生じた損害について、民法415条または715条に基づき損害賠償として50万円およびこれに対する遅延損害金を支払う義務があるとしている。Xは、Yの注意義務違反により心身の健康を損なったものとまでは認められないが、Xが心身の健康を損なったものとまでは認められないからといって直ちにXの損害を否定することはできず、精神的慰謝料として50万円を認容している。 本件のように2人体制の職場の場合、人間関係がスムーズに行かないと仕事そのものに顕著な悪影響が出てくることは避けられないので、会社側、具体的には上司の無策自体が許されることではない。上司の無策が目立つ事件である。

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