1068号 労働判例 「甲商事事件」
              (東京地裁 平成27年2月18日 判決)
就業規則に定められていた年休・夏季休日の取得妨害、法内時間外労働の賃金未払いを理由とする
損害賠償請求が認められた事例
年休・夏季休日の取得妨害の違法性

 解 説
〈事実の概要〉

 本件は、労働者X1・X2(原告ら)が、Y社(被告)の就業規則では始業時刻が9時、終業時刻が17時30分、休憩時間1時間とされており、1日の所定労働時間は7時間30分であったにもかかわらず(なお、「勤務時間」は「1日8時間」と定められていた)、実際には1日8時間として勤務していたのであり、1日あたり30分の法内残業があったとしてその賃金の未払いを求めたものである。さらに、Xらは、Yが平成15年7月に全従業員に向けて出した通達@(冠婚葬祭と医師の診断書がある病欠以外のために年次有給休暇を取得することを認めず、それ以外は欠勤扱いとする旨の通達)、平成18年6月8日付けの通達A(年休は年間6日で、原則として冠婚葬祭の際にのみ取得でき、それ以外は欠勤扱いとする旨の通達)により、年休取得の権利を行使することを妨害された、Y社の就業規則では、夏季休日として8月13日より8月15日までとされていたのに、Xらの在職中、就業規則を見せてもらうことがなく、夏季休日の存在を知らなかったから夏季休日を1日も取得できなかった等と主張して、債務不履行に基づく損害賠償を求めていた。
 なお、Y社は、Xらの訴訟提起の前年の平成24年3月30日付けで、所定労働時間を8時間、始業時刻9時、終業時刻が18時、休憩時間1時間としている。
 本件の争点は、1、Yに(ア)年休の取得妨害、(イ)夏季休日の取得妨害による債務不履行があったか、2、Yに未払い賃金が存在するか、である。
〈判決の要旨〉
 裁判所は、まず、第1(ア)点について、通達@の存在を認めることはできないとしなが らも(就業規則の周知自体が争われていたが、裁判所は、Yにおいて、希望すれば就業規則を閲覧することができる状態に置かれていたとして、就業規則の周知がされていなかったと認めることはできないと認定された)、平成15年7月を境にX1の給与明細書の有給残日数が14日から0日に変更されており、給与明細書の有給残日数が0日とした限度で年休取得の妨害をしたと評価できるとして、このような妨害行為によりXらがこうむったであろう精神的苦痛等を慰謝するのに必要な限度で損害を認めることができるとした(Xらが、数日の年休の取得により賃金の総支給額の1割以上にもなる皆勤手当を2ヵ月分カットされ、また長期間にわたって年休をほとんど取得していなかったこと等諸般の事情を考慮して各50万円ずつの損害を認めている)。続いて、第1(イ)の点については、X らは3日間の夏季休日があるとされながら、実際には出社して働いており、それに対応する賃金の支払いを受けていない以上、賃金相当額の損害をこうむっているといえるとして、消滅時効にかかっていない分の賃金額について損害の発生を認めている(なお、Xらは、消滅時効の起算点はYから就業規則の開示を受けた日であると主張しているが、裁判所は、権利者の不知が消滅時効の進行を妨げることはないとしてXらの主張を斥けてた)。 第2の点は、就業規則の不利益変更の問題に関わるが、本件の就業規則の変更は、必要性や相当性は認めることができるものの、実質的な周知がなされていたとはいえず、労働契約法10条の定める就業規則の不利益変更の要件を満たしているということはできないとした。そして、本件訴訟提起の平成25年10月24日の2年前の平成23年10月24日よりも前に発生している賃金については消滅時効にかかって消滅しているとして、Xらには、それ以降の、平成23年10月25日からの未払い賃金について債務不履行に基づく損害賠償請求権があるとした。
 本件では、就業規則上、所定労働時間は7時間30分とされていたにもかかわらず、従業員は、実際は8時間勤務として就労していたものであり、就業規則の規定と実際の運用が齟齬していたケースであった。就業規則の周知という、労働基準法の基本が等閑にされている会社は中小零細な企業では少なくないと思われるが、その点で実務上も興味深い事例である。

BACK