1058号 労働判例 「医療法人稲門会事件」
              (大阪高裁 平成26年7月18日 判決)
育児休業を取得したとして定期昇給をさせなかった等の行為が
育介法10条で禁止されるの不利益取扱いに当たるとされた事例
育児介護休業法10条の不利益取扱いの意義

 解 説
 〈事実の概要〉
 本件は、Y医療法人(被告、被控訴人)に雇用されるX(男性、原告、控訴人)が、3か月の育児休業を取得したところ、3か月以上の育児休業を取得した従業員は、職能給を昇給させないとする就業規則の規定を根拠に定期昇給をさせなかったこと、また、4年連続B評価以上でなければならないとする基準を満たさないことになるとして昇格試験の受験機会を与えなかったことは、いずれも育児介護休業法(育介法)10条で禁止される不利益取扱いに当たり不法行為が成立するとして、損害賠償を求めていたものである。
 Xは、Yの開設する病院で看護師として勤務する者であるが、平成22年9月4日から同年12月3日まで育児休業をしたところ、Yは、@3か月以上の育児休業を取得した従業員は、職能給を昇給させないとする就業規則の規定を根拠に、Xの平成23年度の職能給を昇給させず、また、A3か月以上の育児休業を取得した者は、当年度の人事評価の対象外になるとして、Xに一定の年数継続して基準を満たす評価を受けた者に付与される平成24年度の昇格試験の受験機会を認めず、受験の機会を与えなかった。Xは、これを育介法10条で禁止される不利益取扱いに該当し、公序良俗(民法90条)に反する違法行為であるとして、Yに対して、不法行為に基づき、昇給、昇格していれば得られたはずの給与、賞与および退職金いの額との差額および慰謝料の支払いを求めた。なお、Xは、Yが違法行為を認めなかったため勤労意欲を失ったとして退職に至ったと主張している。  原審(京都地判平成25・9・24)は、前記Aの昇格試験の受験機会を与えなかった行為は不法行為に当たるとしてYに慰謝料15万円とこれに対する遅延損害金を認容したが、前記@の行為は、育介法10条の趣旨からして望ましいものとはいえないものの、労働者の同法上の育児休業取得の権利を抑制し、ひいては同法が労働者に育児休業取得の権利を保障した趣旨を実質的に失わせるものとまでは認められないから公序良俗に反する違法なものとまではいえないとした。これに対して、Xが控訴していた。
 〈判決の要旨〉
 控訴審では、Yの育児介護休業規定9条3項のうち、3か月以上の育児休業を取得した従業員について、その翌年度の定期昇給において、職能給の昇給をしないとする部分(「本件不昇給規定」)は、1年のうち4分の1にすぎない3か月の育児休業により、他の9か月の就労状況いかんにかかわらず、職能給を昇給させないというものであり、休業期間中の不就労の限度を超えて育児休業者に不利益を課すものであるところ、育児休業を私傷病以外の他の欠勤、休暇、休業の取扱いよりも合理的理由なく不利益に取り扱うものであり、育児休業についてのこのような取扱いは、人事評価制度の在り方に照らしても合理性を欠くものであるし、育児休業を取得する者に無視できない経済的不利益を与えるものであって、育児休業の取得を抑制する働きをするものであるから、育介法10条に禁止する不利益取扱いに当たり、かつ、同法が労働者に〔育児休業取得の権利を〕保障した趣旨を実質的に失わせるものであるといわざるを得ず、公序に反し無効というべきであると、原審とは逆の判断をしている。
 昇格試験の受験機会を与えなかったことについては、原審と同様に違法であるとしたが、他方、Xが昇格試験に合格した高度の蓋然性まで認めることはできないとして、Xが昇格試験の受験機会を与えなかったYの行為によって財産的損害を被ったものとは認められないとした(昇格の機会を失ったことによる精神的苦痛については認める)。
 男性の育児休業に関する注目する事案である。

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