1053号 労働判例 「株式会社ホッタ晴信堂薬局事件」
              (最高裁第1小法廷 平成26年3月6日 判決)
付加金の支払請求が認められなかった事例
使用者の未払割増賃金と付加金の支払義務

 解 説
 〈事実の概要〉
 使用者が解雇予告手当(労基法20条)、休業手当(労基法26条)、時間外労働および深夜労働の割増賃金(労基法37条)、有給休暇中の平均賃金(労基法39条7項)をそれぞれ支払わなかった場合、裁判所は、労働者の請求により使用者の支払うべき未払金のほかに、これと同一額の付加金の支払いを命じることができる(労基法114条)。この付加金制度の趣旨は、上にあげた重要な手当、賃金の不履行について、未払金と同一額の付加金の支払いを命じることができるとして、刑罰とは別に、使用者の支払い義務の履行をより一層確実にすることにある。
 問題は、この付加金の支払い義務の発生時期であるが、今回取り上げる事件は、この点に関するものである。本件は、X(使用者)が、本訴としてY(労働者)を相手に、Yに対する未払賃金債務が173万1919円を超えて存在しないことの確認を求め、Yが反訴として、Xを相手に、未払賃金の支払等を求めるとともに、労基法37条所定の割増賃金の未払金に係る同法114条の付加金として124万2344円のの支払を求めた事案である。
 第1審は、Yの反訴に係る未払割増賃金について、173万1919円およびこれに対する遅延損害金の支払を求める限度でこれを認容するとともに、付加金の請求について、86万5960円およびこれに対する遅延損害金の支払を認容した。Xは、同判決を不服として控訴を提起した上で、控訴審の口頭弁論終決前に、Yに対して、上記未払割増賃金請求につき第1審判決が認容した金額の全額(遅延損害金を含む)を支払い、Yはこれを受領した。これを受けて、Yは、上記割増賃金請求に係る訴えを取り下げ、Xはこれに同意した。原審は、上記の事実関係の下で、付加金の請求について上記の限度(86万5960円およびこれに対する遅延損害金の支払を求める限度)でこれを認容すべきものとした。
 Xから上告受理の申立てがあり、最高裁第1小法廷は、本件を上告審として受理した上で、次のとおり判示して、原判決中の付加金の請求に関する部分を破棄し、同部分につき第1審判決中のXの敗訴部分を取り消し、同取消部分に関するYの請求を棄却した。
 〈判決の要旨〉
 本件付加金請求に関する原審の上記の判断は是認することはできないとして次のように判示する。「労働基準法114条の付加金の支払義務は、使用者が未払割増賃金等を支払わない場合に当然発生するものではなく、労働者の請求により裁判所が付加金の支払を命ずることによって初めて発生するものと解すべきであるから、使用者に同法37条の違反があっても、裁判所がその支払を命ずるまで(訴訟手続上は事実審の口頭弁論終決時まで)に使用者が未払割増賃金の支払を完了しその義務違反の状況が消滅したときには、もはや裁判所は付加金の支払を命ずることができなくなると解すべきである」(最2小判昭和35年3月11日・民集14巻3号403頁〈細谷服装事件〉、最2小判昭和51年7月9日・裁判集民事118号249頁〈新井工務店事件〉)。
 「本件においては、上記・・・・・・のとおり、原審の口頭弁論終決前の時点で、XがYに対し未払割増賃金の支払を完了しその義務違反の状況が消滅したものおであるから、もはや、裁判所は、Xに対し、上記未払割増賃金に係る付加金の支払を命ずることができないというべきである。」
 判例時報の解説(2219号137頁)にあるように、裁判実務では、当該審級の口頭弁論終決時までに労基法114条所定の未払金(未払割増賃金等)が支払われた場合、裁判所は、使用者に対して上記未払金(未払割増賃金等)に係る付加金の支払を命ずることができないことについてはほぼ異論がないとされてきた。今回の事案のように、付加金の支払を命じる第1審判決があっても、判決が確定しない限り、付加金の支払義務は発生しないとして、控訴審の口頭弁論終決時までに使用者が割増賃金等の未払金の支払いを完了した場合、裁判所は、やはり使用者に対して上記未払金(未払割増賃金等)に係る付加金の支払を命ずることができないことになる。
 実務的に重要な意義を有する事例である。

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