1052号 「大裕事件」
(大阪地裁 平成26年4月11日 判決)
休職期間満了で退職扱いとされた女性労働者につき、
上司のパワハラが原因で適応障害を発症したものとされ損害賠償請求が認められた事例
パワハラによる適応障害の発症と使用者に対する損害賠償請求
解 説
〈事実の概要〉
本件は、機械の製造販売等を業とするY社(被告、従業員30名弱)に雇用され、総務部で就労していたX(原告)が、休職期間満了で退職扱いとされたのに対して、上司のパワーハラスメントが原因で適応障害を発症したものであり、上記退職扱いは違法であるとして雇用契約上の地位確認と使用者に対する損害賠償を求めていたものである(Y社が支払った社会保険料の立替金のXに対する請求の部分は紙数の関係で省略)。
Xは、Y社の総務部で経理事務の補助等の業務を担当していたが、パワハラとして裁判所が認定している事実として次のものがある。@平成22年1月または2月頃、Y社の50年間の経歴書作成を約1週間で作成するようにY社取締役および総務課長Sから命じられたが、総務課長から「何やってんの、何時間掛かってんの」「そんなに時間が掛るものなんか」と大声で叱責された、AXは経理事務の担当者として、小口現金を入れてある手提げ金庫の管理をしていたが、金庫室の管理は別の者が行っていたため、仮払等の依頼が来ることが予想されたときには金庫室の施錠は待ってもらうことがあったが、平成22年7月頃、営業部の担当者との打合せ中に、S総務課長が両者の間に割り込んできて、「金庫室なんかいつまでも開けておいたらあかんに決まってるやろ。防犯上良くないことくらいあほでも小学生でも分かるやろ」と感情的な大声で怒鳴りつけた。Xが金庫室の施錠を待ってもらっている理由を述べようとしたころ、顔面を真っ赤にしながら、「言い訳はええんじゃ。金庫を17時にしまう決まりやったらきっちり守れや」と感情的な叱責を繰り返した、BXは、平成22年9月頃、営業部の依頼で、得意先に提出するために鋼管切断作業に従事する作業員の名簿の作成をすることになり、そこに経験年数、血圧等の数値を記載しなければならなかったが、総務課長から特段の指示はなかった。同年10月頃以降、Y社に出勤する前の憂欝感や出勤への抵抗感も生じるようになった、CXは、平成23年1月頃、取締役から中央会に提出する補助金関係書類のエクセル表の修正・追加作業を指示され、通常業務と並行してその業務を行っていたが、総務課長はその進捗状況を尋ねるとともに、「いつも言ってるやろ。報・連・相やぞ。そんなん社会人やったら知ってて当たり前やろ。あほでも知ってるわ」、「Xさんは前からやけど仕事が遅い。前任者に比べて時間が4倍5倍掛ってるんや。能力が劣ってんな」と叱責した。Xが、残業をするなと言われていたので、通常業務の間に残業をしないように作業を進めていた」と述べると、総務課長は「そんなんとちゃうやろ」「Xさんは仕事のスピードが人より遅いんやから今回の修正の仕事については、夜中まで、朝まで掛ってもやってや」「Xさんのチエック漏れミスがあって、つじつまのあわんの提出したら、申請が認められなくなって、何百万円というもらえるはずの人件費が全部パーになるんや」と高圧的な強い口調で叱責した。 平成23年2月1日の終業後、Xは、Mクリニックで受診したところ、抑欝神経症に罹患しており、2週間の休養、継続的な通院治療が必要であると診断され、2月2日以降、Y社に出勤せず、Y社に2週間および(さらにその後)3か月の休養および通院治療が必要である旨記載された診断書を提出した。会社からは自主的に退職する気はないか等尋ねられたが、退職する意思はない旨答えた。会社は、就業規則の規定に基づき、休職命令を発するとともに、270日を経過した日に就業規則に則って自然退職を通知した。
なお、Xの労災請求の申請は、北大阪労基署長から不支給とされている。
〈判決の要旨〉
裁判所は、上記AおよびCについて、これはXの人格権を違法に侵害する違法なものであり、不法行為を構成すると認め、Y社は、民法715条の使用者責任に基づき、本件パワハラ行為についてXが被った損害を賠償すべき責任を負うとしたが、さらに、使用者が負っている「安全配慮義務の一内容には、労働者が就労するのに適した職場環境を保つよう配慮する義務も含まれるもの」としたうえで、Y社の取締役は、総務課長のXに対する業務上の指導の態様が不相当であることを認識していたにもかかわらず、適切な注意・指導を行っていないとして、「Xが就労するのに適した職場環境を保つよう配慮する義務に違反した」としている。
また、Xは、平成23年2月1日までに、ICD−10の「重度ストレス反応および適応障害(F43)」を発症したものと認められるとし、本件労災請求について、Xは業務起因性が認められないとして不支給決定を受けているが、労災保険法に基づく保険給付請求の場合と不法行為に基づく損害賠償請求の場合とでは、その法的判断枠組みが異なるとして、本件不支給決定がされたことをもって、本件パワハラ行為と本件精神障害発症との間に不法行為上の相当因果関係が認められるという判断が否定されることにはならないとした。
さらに、Xの自然退職について、Xは、Yの業務遂行中に受けたパワハラ行為により精神障害を発症したものであり、就業規則の規定する「業務外の傷病」に該当するとはいえず、本件休職命令は就業規則上の根拠を欠き、人事権を濫用した無効なものであるとし、Xの雇用契約上の地位確認を認めるとともに、その間のXの賃金請求権を民法536条2項に基づき肯定している。
同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係等の職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的身体的苦痛を与え、または職場環境を悪化させる行為をパワハラという(厚生労働省の「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議」)が、このパワハラに関連して考えさせる論点の多い事例である。
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