1037号 労働判例 「国・尼崎労基署長(園田競馬場)事件」
              (大阪高裁 平成24年12月25日 判決)
「マークレディ」と同一職場にいた警備員による刺殺が業務起因性ありとされた事例
同一職場にいた警備員によるマークレディの刺殺と業務起因性

 解 説
 〈事実の概要〉

 本件は、園田競馬場で、マークレディ(競馬場で勝馬投票券購入のためのマークシート記入方法等を案内する担当係員の女性)として勤務していたG子が、同じく同競馬場で警備員として勤務していたCにより刺殺されたことに関連して、G子の遺族が上記の刺殺は業務起因性があり労災保険の遺族補償給付等が支給されるべきであるとして争っていたものである。G子が、平成18年1月17日午前9時過ぎに園田競馬場に出勤してきたところ、同競馬場の施設利用協会東側出入口前で、警備員Cにより出刃包丁で刺殺された(Cは、このケースにつき懲役21年の有罪判決を受けている)。
 マークレディは、18歳ー28歳ぐらいの女性に限られ、明朗かつ闊達に業務に取組むとともに、来場者に対して不快・不親切な印象を与えないようにするとされていた。G子は、平成17年7月6日に、園田競馬場でマークレディとして勤務を開始し、その後、概ね週1回ー4回の割合で勤務していた。
 園田競馬場での警備に関しては、兵庫県競馬組合(以下「本件組合」)は、警備業務をE社に委託していたが、警備業務の実施に当たって、E社は、本件組合の指示に基づいて、自ら警備員を指揮監督するものとされていた。C(本件災害当時は満59歳)は、平成17年4月26日にE社雇用され、園田競馬場の雑踏警備の業務に従事していた。警備業務の統括者は警備隊長であり、その部下に3名の副隊長が配置されていた。Cは、園田競馬場への配属当初から、自己が所属する部隊の副隊長B主任(本件災害当時は満66歳)と職制上の上下関係にあった。
 Cは、平成17年12月以前より、G子が自分の好みであったことなどから、勤務の合間に声をかけたり、話をするようになったが、Cが所属する部隊の副隊長BがG子と会話する姿を見て、BとG子の男女関係を疑うようになり、反感を強め、同月21日午後6時5分から同午後6時55分ころまで、5分間隔で繰り返しG子に電話をした。また、平成18年1月11日または12日ころ、G子がB副隊長に、「あの人(Cのこと)、にやにやして気持ちが悪い、何か変態みたいや」と苦情を述べ、B副隊長がその苦情をCに伝えたところ、Cは、以前から抱いていたG子を殺害する気持ちにさらに拍車がかかった。
 1審(神戸地判平成24・3・23労判1079号117頁)は、G子が本件B副隊長に対して行った苦情は、Cに対する個人的な心情を述べたものにとどまり、業務に関連してされたものとは認められず、また、マークレディの職務の性質上、同僚から加害行為を受ける危険が内在していたものとは認められず、Cが、G子に対して憎悪を募らせて殺意を抱き、G子に対する殺害行為に至ったことは個人的な私怨に基づくものに他ならず、本件殺害行為を、G子の業務に内在する危険が現実化した、G子の業務と相当因果関係にあると認められないとして棄却していた。
 〈判決の要旨〉
 控訴審では、次のように判示して1審原告らの請求を認容した。まず、マークレディの業務の特質について、次のように述べる。マークレディは、競馬場のマスコットガール的存在とされ、男性から見て魅力を感じさせる女性(一般的には容姿端麗な女性)に限定され、マークレディと警備員は、実質的には協働して業務に当たり、相互に一定の私語を交わすような同僚労働者と同等な関係にあったものであり、そうであれば、男性警備員が魅力的な女性であるマークレディに対して恋愛感情を抱くことも決してないとはいえず、その結果、ストーカー的行動を引き起こすことも全く予想できないわけではない。これは、単なる同僚労働者間の恋愛のもつれとは質的に異なっており、いわばマークレディとしての職務に内在する危険性に基づくものであると。また、本件苦情の申し出は、Cの勤務態度を是正するためG子の業務に関連して行われたものであり、本件殺害に密接に関連している。Cは、私的寛恕に基づいて本件災害を惹起したものであるが、本件の場合、マークレディの職務自体、警備員との間の恋愛感情のもつれに基づくストーカー的被害の危険性を内在していると評価できる、と。
 従来この種のストーカー的被害に関しては、業務に内在する危険とは到底いい難いとして業務起因性が否定されるのが通例であった(勤務中の農協女性事務員がかねてから恋慕の情を持っていた客から逆切れされて刺殺された事件に関する、呉労基署長事件・広島地判46・12・21訟務月報18巻3号406頁、同・広島高判昭和49・3・27訟務月報20巻7号95頁等)。本件の場合も、典型的なストーカー的被害の事例であるが、競馬場のマスコットガール的存在としてのマークレディの業務の特質から上記の結論を導いている。

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